広場の雀

西丘サキ

広場の雀

 さすがに今日はいるだろう。そう思って俺は物陰から開けた場所まで羽ばたいた。この2日間いつものことではあるが、猿どもがほとんど集まらなかったせいで何も食えなかった。飢え死にするほどではないが、そろそろ何かにありつけないと厳しい。


 いた! よかった。広場には猿どもが思い思いの場所に陣取っていた。猿どもはだいたい同じような奴らが来ているが、群れというわけでも何か集会をしているわけでもなさそうだった。ただただ集まって、それもひとまとまりでも何でもなくただ同じ場所にいる。そんな状態で居座っているが、よく見れば少しずつ広場にいるメンバーを変えている。ここは群れの前線の陣地みたいなものなのかと思った。それにしては「仲間」という感じがしないのが気になる。せいぜい奥の方で変な煙を上げている連中くらいか。まあ猿どもの事情はどうでもいい。俺にとって大事なことは、あそこに猿どもがいて、それはつまり食い物にありつける可能性があるということだ。


 俺は丸い大きな足場に降り立った。首を振り振り辺りを見回して雌猿どもの周りを跳ねる。やつらが「かわいいー」とか変な鳴き声を上げるだけで、実入りはなかった。やっぱりこいつらだとだめだ。大して肉もついていないし、きっと食い物にありつけていないのだろう。俺は飛び立って、雄猿を探した。しょぼくれてて見るからに序列の低そうな、老いた雄猿がいい。なぜだかわからないが、そういう老いた猿は俺たちにしょっちゅう食い物を投げ渡してくる。せっかくありついた食い物を見ず知らずの俺たちに配りまわっているなんて馬鹿としか思えない。そんなだから序列が低く、しょぼくれているんだろう。まあ、何にせよ向こうは要らないようだから、ありがたくいただきはするのだが。


「おい、なにすんだやめろ!」

 仲間の叫び声に見上げると、欲張ったのか自分の頭の半分くらいの大きさをした食い物をくわえた仲間が鳩に襲われていた。

「うるせえ! いいからそいつをよこせ!」

 鳩がすごんで仲間に飛びかかっている。ほかの仲間がさらに何羽か鳩に群がっていて、ちょっとした空中戦だった。猿どもも様子をうかがっている。俺ならもっとうまくやるのに、と思った。いくら腹が減っていても、あんな目立ちすぎるような真似はだめだ。そもそもあいつ、あんな大きさの食い物なんか食えないだろうに。まともな鳩だっているのに、あんなものくわえてうろついているから絡まれるんだ。欲張った分だけ、ろくでもないやつに目をつけられる。だから俺はいつも手ごろな大きさの食い物を探す。猿どもが集まらない日が2日続いて死にそうだが、浮足立っても食い物は来ない。


 改めて周りを見回しても、あまり食い物にはありつけそうになかった。今日も地面をつつきまわるしかないか。この辺りは石ばっかりで、土がないから虫もあまり湧かない。うまくいけば猿の食べこぼしに出会えるだろうが、たいていは小枝や枯葉の破片ばかりだ。下手をすると小石を加えこんで難儀することになる。ちょうど向こうの仲間がそれをやって悶えていた。ついばんで飲み込みそうになった小石を首を振って振りほどいている。まったく、何をやっているんだか。


 1匹の猿が手に持った棒から食い物を落とすのが見えた。猿にしては小さい、俺たちにとってはちょうどいい大きさ。なんで猿があんな道具を使っていたのかわからない。わからないが、好都合だ。まだ誰も気づいていない。俺はばれないようにとんとんと小さく跳ねて近づく。周りに注意を払ってみるが、やはり誰も気づいていない。ひとり占めできることに俺はうきうきしていた。もう食い物は目の前だ。猿も拾い上げる様子はない。食い物をくわえて、周りの安全を確認する。そして一気に飲み込んだ。


 飲み込んだ瞬間、カリカリした固い層と柔らかい層の間から、温まった脂が流れ込んでくる。粘ついた居心地の悪さが身体を通り抜けていく。カリカリした層の突き刺すような刺激。そして柔らかい層……肉だった。吐き気のするような不快感と、なぜか慣れ親しんだ感触。そして死臭を感知した時のような忌避する感情。


 まさか、これは。


 猿どもに確かめることはないが、それでも確実だと頭の向こうの奥の奥から伝わってくる。俺はまさか……。止まらなくなりそうな震えを抑えて俺は飛び立つ。小さな高台へ向かう。不思議で嫌になるくらい、いつも通り自然に飛べていた。ゆっくり、いつも通り、自然に……。俺は高台に何とか降り立った。気持ちを落ち着かせる。とんとんと少し跳ねて、やっと整理がついたころ、辺りを見回す。

 仲間が、鳩が、冷めた目で俺を見つめている。烏が広場の向こうでにたついている。知らなかったんだ、あれが……叫ぼうとしても声が出ない。あの脂で喉が詰まる。違う。俺はあれを食べたくて食べたんじゃないんだ。俺は……


 *****


 固い砂利道と石畳。俺たちも追いつけない速さで真横を通り抜けていく、牛のような大きさの塊。砂埃が常に飛び交っていて、空気は悪い。それでも広場を追い出された俺はこんなところにしかいられないから、ここで生きざるをえない。何もなさに最初は途方に暮れたが、数日過ごしてみると存外食い物はある。あのいつか見たしょぼくれた雄猿みたいにあからさまではないが、妙な膜に包まれた食い物を定期的に猿どもは置いていく。烏の目を盗まなければならないが、うまくやれば食い物にありつける。そして時々、本当に時々だが、木やら背の高いものの近くに、猿どもが一度口にしたものを捨てていくことがある。よほど飢えと無縁なのだろう、あいつらは。今となっては、何の妬みも湧かなかった。悠々と猿どもの論評をしていられるような余裕は、俺にはとうにない。そうして今日もそいつを見つけた。何も食べていなかったし、ありがたくそれをつつく。

 俺をすっかりと変えてしまった、あの時と同じ味がした。

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