第22節 誰にも告げずそのまま学校を早退した。

 誰にも告げずそのまま学校を早退した。


 家に帰るとすぐに自分の部屋に入りベッドに倒れ込んだがいつまで経っても眠ることはできなかった。


 翌朝、睡眠不足で意識が朦朧とするなか登校時間を迎える。


 俺は散々に迷った挙句、学校に行くことに決めた。


 今更逃げ隠れしたってどうにもならないと思ったし、秋津があの後どうなったかも知っておかねばならないと思ったからだ。


 教室に入ると真っ先に秋津の姿を探す。


 しかしどこにも見当たらない。


 やはりあんなことがあったのだから、俺などと違って学校に来る気になれなかったのだろうか。


 クラスメイトたちの態度は相変わらず冷え冷えとしていた。


 彼らは昨日の保健室の一件のことを知っているのだろうか、そんな疑問が頭に浮かぶ。


 秋津が俺にされたことを誰かに話していれば、クラスメイトたちが知っていてもおかしくはない。


 そしてもし彼女がそうしていたとしたら、俺の立場は決定的に危うくなっていることになる。


 しかし俺はクラスメイトたちの心の裡を知りたいとは思わなかった。


 そういったことを考えるのが、もうただただ億劫だったのだ。


 結局、授業が始まっても秋津が教室に姿を現すことは無かった。


 1限目が終わり休み時間なると意外な人物が訪ねてきた。


「加藤君はいるか」


 教室の入口から顔を覗かせたのは秋津が所属する文芸部の顧問をしている、50代の国語教師だった。


 以前謹慎になった騒動のときに少し関わり合いになったが、普段は全くと言っていいほど接点の無い先生だ。


 いったい何の用だろうか。


 俺が席を立つと教師は手招きをしてすぐに廊下の奥に向かって歩き出した。


 ついて来いということなのだろう。


 後を追うと教師はひと気のない廊下の端で俺を待っていた。


「何の話ですか?」


「うん」


 教師はすぐには答えず暫し遠い目で窓の外を見つめていた。


 やがて視線は外に向けたまま、ゆっくりと口を開く。


「秋津くんから君のことである相談があった」


 分かっていたことだ。


 俺は自分にそう言い聞かせた。


「彼女が言っていたことが事実だとしたら、重大な問題だ。

 既に校長や副校長の耳にも入っている。

 我々は君からも話を聞かなければならなくなった」


「はい」


「次の授業が終わったら、校長と副校長、それに君のお母さんも交えて話をしよう。

 さっき君の家に電話して学校に来てもらうことになった」


「母も?」


「ああ、大事な話だから保護者も一緒の方がいいだろう。

 時間になったらまた私が迎えに来るから、そのとき一緒に校長室まで行こう」


「一人で行けるんで大丈夫です」


「いや、遠慮しないでいい。

 迎えに来るよ」


 国語教師はこちらの意思など問題ではないというように言った。


 そして用件を伝え終えると足早に職員室に戻っていった。


 俺はぼんやりと、こちらが断っても迎えに来ると言ったのはあるいは俺が逃げないようにするためかな、などと考えていた。


 教室に戻るともう次の授業が始まろうとしていた。


 俺が自分の席に着くとクラスの女子たちが盛んにひそひそ話を始めた。


 どこからか俺が呼び出しを受けたことを聞きつけたのかもしれない。


 だがそんなことはもはやどうでもよかった。


 俺は純粋にただの習慣から机の上にノートを拡げる。


 先生が壇上で話し始めるが内容は全く頭に入ってこない。


 窓の外、授業時間中のひと気の無い校庭に目を遣る。


 もうじき母が学校にやって来て、あの校庭を横切り校舎の中に入ってくるのだろう。


 母は俺がやったことを聞いたらいったいどんな顔をするだろうか。


 以前、俺が美々面という女の子の誘拐騒ぎを起こしたときにも母は呼び出されて学校まで俺を迎えにきた。


 あのとき母は泣きながら教師に何度も何度も謝っていた。


 きっと今日も泣くのだろうな、と思った。


 秋津は今頃どうしているだろうか。


 学校はいつまで休むつもりなんだろうか。


 それとももう登校して来ることは無いのだろうか。


 もしかしたら彼女と会う機会はもう二度と無いのかもしれない。


 相手に言わなければならないことがあるのに、どのようにしてそれを伝えればよいのだろう。


 机の上に拡げたノートに目を落とす。


 そのノートは謹慎が明けたときに心機一転するために買ったノートで、まだ数ページしか使われていなかった。


 俺は書き込みのあるページを全て手でぴりぴりと切り取ってしまった。


 まっさらになったページを前にしてシャープペンを手に取る。


 目を瞑ると、瞼の裏にある情景が浮かぶ。


 俺はページと向き合うと思うがままに文章を書き出した。


 淀みなく筆を走らせながら、心の裡で呟いた。


 これが彼女の続きなのだと。


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