第13節 秋津となめは今とても危険な状態にある、と電話の向こうの相手は言った。
秋津となめは今とても危険な状態にある、と電話の向こうの相手は言った。
「危険な状態ってど……」
俺が質問しようとするとみなまで言い終える前に答えが返ってくる。
『生き埋めだよ』
「生き埋め?」
『今、地震があったろう。
あれのせいさ。
急いで助けないと大変なことになる』
相手の話を聞いていた俺の頭上に次々と疑問符が浮かんでくる。
秋津が生き埋めになったって?
彼女のアパートの近くで土砂崩れでも起こったというのだろうか。
でもあの程度の揺れで?
俺の部屋じゃ漫画本が数冊落ちただけなのに。
そもそも生き埋めが事実だとして、なんでそれをこちらに知らせてくるんだろう。
俺に電話する前に自分で助けに行くなりすればいい話じゃないのか。
『加藤くんが疑問に思うのももっともだ』
するとこちらの考えを読んでいたかのように相手は言った。
『でも僕は彼女の前に姿を現すべきではないんだ』
妙なことを言うと思った。
生き埋めになっている人間を助けるのにべきも何も無いと思うのだが。
「意味が分かりません。
何で助けに行かないんですか」
俺は率直に疑問をぶつける。
だが相手はそれに全く動じる様子も無く答える。
『そういうものだからさ。
僕が彼女に姿を見せるなんて、本来はあってはいけないことなんだ。
だからこうやって君にお願いしてる』
その言葉は見せかけは説明のようであるが、こちらが理解することを全く期待していない点でもはや説明とは言えない何かだった。
『さあ、もう時間がない。
無駄話は止めて出発しよう』
通話相手が話を打ち切る素振りを見せる。
俺は慌てて質問した。
「待ってください。
あなたいったい誰なんですか」
『それは彼女に聞くといい』
相手はそう言うと一方的に電話を切った。
スマートフォンから耳を離すと「非通知設定」と表示された画面を睨む。
非通知だから電話を掛け直すこともできない。
突然、意味の分からない一方的な指示を出されて俺は困惑する。
もっともありそうだったのは、イタズラ電話の可能性だ。
おそらくクラスの誰かが嫌がらせでやったんだろう。
変にくぐもった声も正体がバレないようにボイスチェンジャー・アプリを使ったのだとしたら納得がいく。
(なんてくだらない連中なんだ)
俺は憤慨する。
こんなことをしていったい何の意味があるんだろうか。
ここまでくだらないことをするのは余程のひま人に違いない。
クラスのあいつか、もしくはあいつか……。
俺は自分で作り上げた想像上の犯人にひとしきり腹を立てた。
しかし少し落ち着いてから考え直してみると、秋津が危険な目にあっている可能性が完全に否定されたわけではないことに思い至る。
もし本当に生き埋めになっていたら、最悪秋津は死んでしまうかもしれない。
それは困る、と思った。
彼女は俺にとって爆発事件の唯一の手がかりなのだ。
せめて彼女が無事なのかどうか確認する必要がある、そう思った。
俺は玄関に向かった。
「どこに行くの?」
靴をつっかけている俺を見つけて母が聞いてくる。
「ちょっとクラスメイトのところ」
「あら、そう」
母親はどこか嬉しそうだった。
どうやら一緒に遊ぶ友達ができたと勘違いしているらしい。
俺は何やら無性に腹が立って母の思い違いを訂正したくなった。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。
喉元まで上がってきていた言葉を飲み込むと、無言で家を後にした。
自転車を漕いで秋津のアパートの近くまで辿り着いたとき、俺は自分で自分を笑いたくなった。
アパートのそばには土砂崩れを起こすような丘や崖など一つも無いということに気づいたのだ。
以前、秋津を尾行したときにアパートが平地のど真ん中にあることを実際に見て知っていたというのに、すっかり忘れていた。
やはり秋津が生き埋めになっているというのは嘘だったのだろう。
その場で引き返そうかとも思ったが、せっかく近所まで来たのだからもっと近くまで行って彼女の無事を確認してみることに決めた。
アパートのすぐそば、秋津の部屋の場所がはっきりと区別できる辺りまで来たとき違和感を覚えた。
日が落ちてあたりは既に暗くなっていたのに、部屋には明かりが点いていなかったのだ。
別に秋津だって帰宅後に外出して部屋を空けることくらいあるだろうし、寝ている可能性だってあった。
だがどうにも胸騒ぎがする。
結局、彼女の部屋の前まで来てしまった。
扉の前で少し躊躇してから遠慮気味にインターフォンを押す。
扉越しに部屋の中でチャイムが鳴っているのが聞こえた。
しかし応答は無い。
もう一度ボタンを押して、同時に扉を何度もノックしてみる。
やはり反応が無かった。
俺は迷った。
この危うい確認作業をいったいどこまで続ければいいのだろうか。
そしてどこで切り上げたらよいのだろうか。
(ドアの鍵が掛かっていたら、そこで終わりにしよう)
そう思った。
鍵が掛かっていたらもうこちらに取れる手は無いのだ。
そのときは引き上げてしまおう、そう決心した。
ドアノブに手を掛けると手首をひねる。
そして鍵が掛かっていてくれと心の中で念じながら、息を止めてゆっくりとドアを引いた。
しかし期待もむなしく扉はあっさりと開いてしまった。
俺は引き上げるタイミングを完全に失った。
止む無く僅かに開いた扉の隙間から呼びかけてみる。
「秋津さん、いますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます