第7節 秋津が突然身もだえし始めたので……

 秋津が突然身もだえし始めたので俺はひどく驚いて読むのを中断する。


 そして彼女に覆いかぶさったままの体勢でぴたりと動きを止めた。


 それまで彼女の肌に吸いつかんばかりの距離で文章と睨みあっていたので、下手に身動きすると相手を起こしてしまうかもしれないと思ったのだ。


 俺はしばらくそのまま化石したかのように固まっていた。


 ややあってから恐る恐る顔を上げてみると、視線の先には凄まじい形相でこちらを睨む秋津の顔が……なんてことにはならなかった、幸い。


 彼女はいまだ眠りの内にいた。


 安堵する一方、この調子だといつ目を覚まされてもおかしくないなと感じた。


 俺は迷った。


 これまでに読むことができた文章は全体の中の一部に過ぎない。


 まだまだ読み足りなかったし、できるものならこのまま最後まで一気に読んでしまいたかった。


 しかしここで無理をして彼女に気付かれでもしたら不味いことになる。


 騒ぎになって、下手をすれば残りの部分を読む機会は永遠に失われてしまうかもしれない。


 俺は身内からこみ上げてくる欲望に押し流されそうになっては堪えるのを何度となく繰り返した後、ようやくに決断した。


 彼女を読むのは一旦中断しよう。


 ここは一度退いて、次のチャンスが来るのを待てばいいのだ、と。


 決断を済ませてしまえばすぐに脱出の準備に取り掛からねばならなかった。


 できれば一刻も早く保健室を後にしたかったのだが、その前にやらなければならないことがある。


 脱がせていた秋津の服を元通りにしなければならなかったのだ


 俺は急く心をなんとか押さえつけ、今一度彼女と向き合った。


 改めて見直すと彼女はひどい恰好だった。


 上半身は下着しか身に着けていなかったし、その下着も胸の辺りの文章を読むために大分ずらされてしまっていた。


 自分でやったこととはいえ俺は途方に暮れたような気持ちになった。


 しかしぐずぐずしてもいられない。


 まずずらしていた下着を元に戻し、次に完全に脱がしていた黒いインナーを着せ直す作業に入る。


 いつ目を覚ますか分からない秋津の身体を支えながら、冷や汗かきかき、なんとか腕を袖に通し終えた。


 後はインナーの上から制服のブラウスを羽織らせれば元通り……のはずだったが、なぜか彼女の姿に違和感を覚えた。


 どうも脱がせる前と今とで着こなしが違っているような気がしてならない。


 俺は自分の着せ方が正しいかどうか記憶を探ってみたが、女子の制服なんて普段からあまり意識して見ていないし、きっちり着こなす者もいれば崩して着る者もいるので正解がさっぱり思い出せないのだった。


 だが悩んでいる間にも彼女が目を覚ましてしまうかもしれず、蒸し暑い部屋の中でものを考える苦行にも嫌気がさして、もうその場を離れてしまうことにした。


 あとは服が多少乱れていても気づかないくらい秋津の普段の寝相が悪いことを祈るしかなかった。


 音を立てないように保健室のドアを開けると首だけを廊下に出して左右確認する。


 まだ授業中なこともあって廊下には誰もいなかった。


 俺は素早く保健室から身を乗り出すと後ろ手でドアを閉める。


 後は何気ない顔で教室に向かって歩き出した。


 教室に戻るとまだ授業が続いていた。


 先生は挨拶もなく部屋に入ってきた俺の方を一瞥だけすると、あとは注意もせずに授業を再開した。


 トイレに行って戻ってくるにしては明らかに時間が掛かり過ぎていたが、先生もこちらと関わるのが面倒だと思ったのかもしれなかった。


 その時限が終わるまでの間に秋津が戻ってくることはなく、結局彼女が眠そうな足取りで教室に入ってきたのは次の時間の授業中のことだった。


 俺は自分の席に戻った彼女を観察してみたが、こちらの方に注意を向ける様子は一切なく、保健室であったことには何一つ気づいていないと確信したのだった。

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