徳之助の論

徳之助

第1話 シャンプー論

社会人になってすぐの頃、

頭頂部に支障をきたし始めた先輩が唐突に俺に言った。


「風呂で頭洗う時、シャンプーの原液を、こう、手に取るじゃん。

 そして、その原液を、こう、直接頭の天辺てっぺんにつけるじゃん。

 それから、その原液を頭全体に広げていって、泡立てるじゃん。普通。

 このさぁ、『原液をいきなり天辺てっぺんにつけちゃう』ってのが、

 薄くなった原因だと、俺は思うわけよ。」


なるほど。

確かに、手のひらにワンプッシュした程度のあの量で、

頭全体が泡立ち、かつ汚れが落ちるような液体ならば、

その原液が頭皮に与える影響も、それなりにあるに違いない。

さすがに、人生経験のある先輩の言には、納得がいく。


「ただ、その事に思い当たったのは、最近なんだよね。

 今更、気を付けても遅いかな?」


「そうですね。」とは、もちろん言えず、

「確かに、そういう事もあるかもしれませんけど、

 遺伝とかもありますからね。」

と、当たり障りのない返答をした俺。


しかし、その時、俺は心に決めていた。

先輩の言う事は、きっと正しい。

』は、

絶対、なにがしかの原因になっている。

俺は、今日から、もうしない。


「後さぁ、そう考えると、

 そもそも、毎日、頭洗ってるのが、ダメなんじゃないかとも思うだよね。

 だってさぁ、原始人とか、シャンプーなんかしてないけど、

 みんな毛深くて、フサフサじゃん。」


すごい。

想像図しか見ていないはずの原始人を引き合いに出し、

断定する根拠にしてしまう発言もすごいが、

回数も減らせば、さらにリスクを回避できるのは道理。

これを実践しない理由など、何一つないではないか!

「~じゃん」とか「~だよね」とか言いながらも、

微妙に岩手出身のイントネーションが混ざってしまうが、

それでも、この先輩の言う事には説得力がある。



それから、数十年。

俺はこの時の教えを守り、今でもこれを実践している。


①頭を洗うのは、週に2回まで。

 ※但し、夏場や特に汗をかいたり、汚れたりした場合は例外とする。

②シャンプーは、手に取った後、手のひらで伸ばし、

 地肌から遠い部分から徐々に髪になじませて洗う。


結果、俺の髪は、

この歳になってもほぼ普通に残っており、

白髪さえ、数本しかない。



「論」とは言いながらも、

俺は誰にも強制もしないし、共感も求めないし、反論も受け付けない。

ここにあるのは、

「俺だけが信じている正論」

である。

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