第2話

なぁんだ、千夏いるじゃん。やっぱまだ話しかけずらかったのかな…。


「おはよう、千夏。」


そう思って私から話しかけにいった。何気に僕から話しかけるのは初めてだった。


「う、うんおはよう…!じゃあ、また後でね。」


いくら気まずいとはいえ、ここまで露骨に避けられるとは思ってもみなかった。


「おい稲葉、もう本鈴鳴ってるぞ。席に戻れ。」


「すみません、今戻ります。」


平静を装いつつも、内心は本鈴に気づかないほど酷く動揺していた。

それでもできる限り考える。

あのことに気づいてそういう対応になったと思えば合点がいく?じゃあ昨日夜遅くまで普通に会話してたのはなんだったんだ?千夏はそーゆうの上手くやれる方じゃないし…


「おい!稲葉!」


呼ばれてハッとする。


「すみません、なんでしょう。」


「出席確認中だ、返事するなり手あげるなりしろ。」


「はい、すみません。」


一通りの謝罪をした後、席に着く。

怒られたことは今までだって何回かはある。

でも今回はクラスメイトの反応がおかしい。

そこかしこで"クスクス"といった笑い声が聞こえてくる。あの千夏でさえ、遠慮気味に笑っている。

僕はそんなキャラじゃなかったはずだ。少なくとも多少の失敗で笑われるようなやつじゃない。だって、そうならないように高校ではやってきたから。


笑わないでくれ、お願いだから……。


「ちょっと!!」


いつの間にか僕の足は廊下へ向いていた。周りの視線を気にする余裕も、先生の声を聞き入れることも出来ない程に。それ程までに気分が悪くなっていた。


過去の出来事が嫌という程鮮明な映像と共にリフレインする。
















誰もいなくなった放課後、階段の踊り場で彼女と話していた。


『ねぇ、僕ね、好きな人がいるんだ。それで告白するか迷っててさ。』


『どうしたの"僕"なんて、らしくない。』


そう言ってはにかむ彼女はとても綺麗で、可愛くて…。


『実は僕、俗に言う性同一性障害なんだ。

…どう、思う…?』


伏し目がちに、けれど彼女の表情を伺えるように告げた。


『どうも何もないって!それよりも、私に教えてくれたことが何よりも嬉しい。』


少なくともその時の彼女の目に、軽蔑の色は無かった。少なからず引かれると思っていたから、少し動揺してしまう。


『そ、そっか…、ありがとう。』


『それで?好きな人って言うのは?』


『それはね…君なんだ、うい。』


『そう、なんだ…。ありがとう、でもごめんね。』


複雑な表情を浮かべ、それでもしっかりと返答してくれる。そんな優しさが僕の救いだった。


『ううん。分かってたから。こうなるのは。聞いてくれてありがとう。』


じゃあね、と言って彼女は去っていった。これで全て終わりになる、はずだった。


次の日学校に行くと、何故だか廊下にある掲示板に人が集まっていた。気になって覗いてみると


『稲葉朔夜は障害者だ、関わったらうつるぞ』


と書かれていた。それからというもの、誰かとすれ違う度に罵倒され、誰からも無視されるようになっていった。


酷くショックだった。あんな幼稚なものに誰もがのっかることが。それに何よりも初が僕のことを周りに広めたに違いないこと。















ようやく教室にたどり着く。ピンと張っていた糸が切れたかのようにその場にへたり込み、途端に言い表せないような嫌悪感と吐き気が腹の底からこみ上げてくる。


「千夏は…初とは、違う…!」


そんな言葉に意味はない、信じれば信じる程後で辛くなるなんてこと分かっている、

分かってるんだよ…!!

でも、そうしないときっと僕がこわれてしまう。


もう誰も、信じられなくなる…。




「おい大丈夫か、稲葉?」


咄嗟に俯いて腫れている目を隠す。


「委員長…、どうしたの?今授業中だよ?」


精一杯明るく返答したつもりだけど、鼻声だし震えてるしで誤魔化しきれない。


「だから、だよ。先生がお前探して来いって。結構早く見つかって良かったけど…。目腫れてるし泣いてるし、ほんとに大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ。でもごめん、授業には戻れそうにないや。次からはちゃんと出るから心配しないで。」


「分かった。」


ようやく居なくなってくれる…。


「じゃあ俺もここにいる。」


そう言って隣に体育座りで座る。何が目的か分からない。僕は今みんなに避けられてるんじゃないのか?


「私といて大丈夫なの?」


核心に迫って聞くのはまだ気が引けたからあえて曖昧に聞いた。


「何言ってるのかよく分からないけど大丈夫だよ。あぁ、でも俺の内申点が下がるかな。」


おどけたようにそう言って不安を微塵も感じさせない。

彼のこういう所が委員長たる所以なんだろう、と今の状況さえ忘れてそう思う。


「委員長は強いんだねぇ。でもね、私とは関わらない方がいいよもう。」


皮肉でもなんでもないただの褒め言葉のつもりだった。なのに彼の顔が曇る。それこそ正に苦虫を噛み潰したように。





数秒、言葉のない世界が訪れる。その世界で唯一聞こえるのは、2人の吐息と鳥の鳴き声。この状況に似ても似つかない不思議な時間。


「…俺は前に、好きな人を見殺しにしたんだ。あ、でも本当に死んじゃったわけじゃなくてえっと。虐められてたのは知ってたんだでも、味方になってあげられるような間柄じゃなくて。その子は今はちゃんと学校に通ってるんだけど、中学の頃は相当荒れてて。だから誰であろうと、もう繰り返したくないんだ。」


「そう、なんだ…。」


僕は聞いてあげることしか出来なかった。だって同情する相手は委員長じゃなくて、その虐められていた子の方だから。


キーンコーンカーンコーン


異様な程に響く終鈴が僕らを現実に引き戻す。


「ごめん、こんな話して…。いつでも悩みあったら聞くからね。」


そう言って委員長は音楽室へと向かった。




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