第74話




 その日はなんと、長文メールが二通も届いた。




「こんばんは。美雪です。詩絵子さん、突然メールを送ってしまい、びっくりされたことと思います。先ほどスマートフォンを部屋に放置されてベランダへ出ていたので、その間にアドレスを控えさせていただきました。今日はたくさん迷惑をおかけしてすみません。今思えば、なんであんなことをしてしまったんだろうと悔やむばかりです。詩絵子さんにビンタをされて、目の前に広い一本道が開けたような覚める思いでした。可愛らしい小さな手形が、私の頬に赤く残っています。私、親にも叩かれたことがなくて……はじめての快感でした。どうにかこの手形を後生残しておきたいのですが、まだ方法を考えついていません。よければ記念として、詩絵子さんの手形をとらせてもらえないですか?部屋に飾っておいて、いつでもこの感覚を思い出せるようにしておきたいんです。それとお願いばかりで恐縮なんですけど、私と友達になってもらえないでしょうか?今日はこのことを伝えたくて、メールを送りました。私、友達ってあんまりいなくて……少し調べたのですが、詩絵子さんも交友関係が広いほうではないようですし、仲良くできたらなと思います。あまりメールが長くなっても目が疲れてしまうと思うので、今日はこの辺りで……あ、すみません、言い忘れていました。そろそろクリスマスがやってきますね。詩絵子さんには、ロウソクがよく似合うと思うのですが(想像しただけで胸キュンしちゃいます///ムチもセットで……!なんちゃって///)、うちにちょうどいいものがありますので、クリスマスの日はぜひ……」





「こんばんは。本日は何度も何度もメールを送りつけてしまい申し訳ございません。今日は僕のせいで色々と危険な目に合わせてしまいましたが、さすがはエム心を知り尽くした詩絵子様。最終的には、新たに忠実な雌犬を手に入れるという、誰にも真似できないあっぱれなお手並みでした。感服いたします。しかし彼女は危険な要素も持っておりますゆえ、十分に注意されてください。そういえば、今ふと思ったのですが、詩絵子様は汐崎朔様を遠慮なく殴りつけます。本日、詩絵子様が家出先に選んだ、同僚であり友人でもある酒井美里のことも殴ります。そして今日は、まだ数回しか顔を合わせていない美雪にすら、強烈なビンタを食らわせました。ここで疑問が生じます。【なぜ詩絵子様は僕を殴ってくれないのか?】という、素朴ではありますが、とてつもなく深い疑問です。駄犬のしみったらしい推察ではございますが、やはり上司と部下という関係が初めからありますので、その壁が詩絵子様を躊躇させる要因になっているのではないでしょうか。もしもそうであるならば、一刻もはやく退職したい衝動に駆られ、ついさっき辞表を書いたのですが、『いつでも足を舐められるくらい近くで這いつくばってろ、このクズ駄犬が』という詩絵子様の言いつけを思い出し、辞表は破棄した次第です。しかしながら、上司と部下という関係性が諸悪の根源になっているのも事実であるように思うのです。この関係性を保ったまま、詩絵子様が僕の頭をピンヒールで踏みつける日はやってくるのでしょうか……。このような不安に駆られて身が縮む思いではありますが、新たなきつい課題を容赦なく叩きつけていただけることは光栄でもあり……」



 現実から逃げるように、私は深く深く眠った。





 つづく☆彡




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