第37話


 心が一気に騒ぎだし、心音を上げる。



「いいですか?」



 寸前まで顔を寄せたとき、主任は急に言った。その言葉の息が、唇にかかる。それが恥ずかしくて、自分の顔が真っ赤に熱くなるのが分かった。


 それで、思わず言ってしまった。



「だ、だめ、です」



 私の台詞に、ぴたりと、時間が動きを止めたようだった。


 な、なに言ってんのよわたし! 今のはする流れでしょー!



「……さすがは詩絵子様……この状況でおあずけですか……」



 俯いて、けれども手は離さないまま、主任は小さな声で呟く。さすがの主任もがっくりきたようだった。



「だってだって! 主任が聞くから! なんでわざわざ聞いたんですか~!」


「テレ屋の詩絵子様は、なんと仰るかなと思いまして」


「……やっぱり試してます?」


「でもそうですね。風邪がうつっても困りますし……」


「え、ちが……」



 慌てて否定しようとしたけれど、主任はまた顔を傾けて、唇を私の頬に当てた。そしてそのまま、私の肩に顔を埋める。



「我慢できませんでした」



 耳のすぐそばに、声が聞こえた。私は少し、呆けてしまっていた。



「主任……ほっぺにちゅうされるのって、こんなに恥ずかしいものなんですか?」



 そう言うと、主任はきつく私を抱き寄せた。あんまり力が強くて、ちょっと苦しいくらいだった。でも、そうして窮屈になるのが、なぜだか心地よかった。


 しばらくそうしてから、主任はやっと腕の力を緩め、溜め息のような息を漏らした。



「……可愛いこと言いますね。これ、拷問に近いですよ」


「え、そうなんですか?」、私はびっくりして顔を上げる。「じゃあ、嬉しいんですか?」


「…………」


「ま、まあ今は、風邪を治すことが最優先ですから! ね?」


「たしかにその通り、です。しかし今、詩絵子様に逆らってキスをしたことは、許されがたい愚行ですので、例のピンヒールで気の済むまで」


「だからどさくさに変態欲求叶えようとすなー!!」



 その時主任は、まるで私の声に吹き飛ばされたように、ふらりとベッドへ落ちていった。ぼふん、と柔らかな音がなる。


 あれ?



「主任、もしかして熱あがりました?」



 額に手を当ててみて、私はその熱さにぎょっとした。



「詩絵子様と汐崎朔くんの看病はとても嬉しかったのですが……」


「それなら良かったです。私たちも思いつく限りのことをやって……そう! おかゆもあるんですよ!」


「あの……よければ薬を持ってきてもらえますか?」


「……」



 ……え? 薬?



「……病院で処方されたものが、リビングにあります」


「…………」

 


 薬……! その手があったかー!!



 つづく♪



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