第23話



「主任と付き合ってんのは私なの!! だからあんたらのやってることはぜえーーーんぶ的外れ! 分かったらとっとと美里に土下座して帰れボケナス!!」



 それも普通の土下座じゃ許さないんだから! 主任なみに綺麗なやつよ! 今すぐ土下座教室に通ってこんかい!


 息巻く私を見て、その場は一瞬静まりかえった。しかし次の瞬間、彼女たちは般若のような形相で怒鳴り始める。



「なに言ってんだてめえ! 嘘こくなよチビ!」


「おめーみてーな貧相なまな板に主任が惚れるかドカスがあ!」


「冗談の発表なら海にでも叫んでろや芋女!!」



 彼女たちのあまりの豹変ぶりに、私は思わず目を白黒させた。


 あなたたち、そんなに大きな声が出るのですか……? どこでそんな汚い言葉を覚えてこられたのですか……? いつものうそ臭い品はどこに捨ててきたのですか……?


 恐ろしくて、膝がガクガクと震えだす。勢いがぽっきりと折られてしまった。


 どうしよ……おうち帰りたい……。


 そうして叫ぶ彼女達の後ろで、美里が私に手を振ったのが見えた。手の甲を振って、しっしっ、と犬を追い払うみたいに。ここはいいから、早く帰りな。と、そう合図しているようだった。


 美里ぉ……! なんで今まで気づかなかったんだろ、美里って聖女じゃん! 


 でもねえ美里。そんなカッコイイことさちゃったら、私だけ帰るわけにはいかないんだよ。今、助けるからね。 私は足に力をこめて、胸を張った。



「いーい? あんた達は信じられないかもしんないけど、主任と交際してるのは私なの! 美里は全く関係ないんだから、文句があるなら私に言ってよね!!」



 私の主張を受け、柊さんは溜め息を吐いて扇子を閉じた。



「なにを言っているのかしら? あなたが主任と? 笑わせるんじゃないわよ」


「ははっ、主任はね、若い人が好きなんだよ。あんたみたいなオバハンじゃなくてね」



 若い人が好きというのが適切な表現かは分からないが、まあ間違ってはいないだろう。柊さんはこめかみの辺りに青筋を浮かせた。



「あなた……今なんと言ったの?」


「オバハン! あんたはオバハン!」


「ンモ゛ォオー!!」



 柊さんは牛のごとく低い唸り声を上げる。



「あなた……そんなこと言って、ただで済むと思ってるわけじゃないでしょうね?」


「し、詩絵子……。やめときなって」


「ダメ! 美里の書類にカッターの刃を仕込んだのだって、どうせこいつなんだよ!」


「そりゃそうだろうけど」


「はあ? 私が? なぜわたくしがそんなことをしなきゃならないのよ」



 誰もが分かるものの、柊さんはしらをきった。まあ確かに証拠はない。



「勝手な推測はやめてくれないかしら? 私はそんなに卑怯な女じゃないわ」


「うっさい! オバハン!!」


「んんモ゛モ゛ォオオオーーー!!」



 雄たけびと共に、バキ!扇子が折れる。



「いいわ! あんたはもう帰りなさい! この女に話があるわ!!」



 雌牛は美里を出入り口へ押した。取り巻きが、二人がかりで私を抑える。



「で、でも」


「美里! 巻き込んじゃって、本当にごめん! 一応、土下座したからね! あんたの見てないところで!」


「見てないとこでされても……」



 美里が小さなツッコミを入れたところで、扉は閉ざされた。



「あなたが主任と付き合ってるですって?」



 密室が出来上がってから、柊さんはこちらに向き直る。怒りを必死に抑えたような言い方だ。



「そうだよ」


「だったら、証拠をみせてみなさいよ、証拠を」



 証拠……?



「証拠ってなによ」


「なんでもよ、主任と写ってる写メとかプリクラとか、普段のメールとか、なんでもあるでしょう。本当に付き合ってるならね」



 プリクラァ? 写メェ? そういえば、そういうものは一つもないな。


 メールはあることにはあるけど……件名からして『駄犬です』だもんなあ。さすがに会社の人間には見せらんないよね……。



「そういうのはない……けど」



 小声で漏らすと、柊さんは厚く口紅の塗られた唇を、にんまりと笑わせた。



「ほら! やっぱり嘘じゃないのよ! なんだったら、今すぐ主任に助けを求めても良くってよ?」


「主任は熱で寝込んで休んでるんじゃないの!」


「そーよ、それでも彼女のためなら来るでしょうよ! ねえ、みんな?」



 彼女は取り巻きへ投げかけ、高らかに笑い出す。

 なによなによ! みんななんて言っちゃって、二人しかいないじゃん!


 でもどうしよう。主任と付き合ってるって証明できるものはなにもないし、まずこいつらに証明しなきゃいけない理由もないし。



「帰る!」


「はあ?」


「考えてみれば、主任と付き合ってるって証拠をあんた達に見せる道理はないんだから、いつまでもこんなところに居たって、どうしようもないじゃん!」



 そうだよ、こんな奴らに付き合う必要はどこにもないんだよ。私はなんにも悪くないんだよ。



「あら~? 逃げるのね? そうなのね? それは自分が嘘つきだと認めるってことよね? そう、それもいいと思うわよ? 負け犬のように、さあ、尻尾を巻いてお逃げなさいなっ」



 くううう!! こいつマジ腹立つ!



「……ッてやる」


「え、なに聞こえなーい」



 柊さんは耳の後ろに手を当てる。私は顔を上げた。



「チクッてやる!! このことぜ~~~っんぶ! まるごと主任にチクッてやるっ!!」


「なっ……!」


 その手があったかーー!という顔をして、柊さんは一歩後ろへ退いた。


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