君と過ごす異世界

天照てんてる

第1話 目覚めた場所は

 ふと目を覚ますと、どうやら私は柔らかいベッドの上に寝ているようだった。そもそも何故寝ていたのか……記憶を辿ってみると、そうだ私は釣りの最中にふらついて海に落ちて溺れたのではないか。なるほど、昏睡から目が覚めたベッドの上というわけか。

 そう納得しそうになったが、どうも身体が思うように動かないし、目もぼやけている。一体どういうことだろうか。怪我でもして身体が動かないのだろうか。


 ナースコールはどこだ。 枕元を探る腕の動きもおぼつかない。


 ようやく目が慣れてきた私が見たものは、壁一面を覆う本棚に見たことのない文字で背表紙が書かれている本の山と、ぱたぱたと動く私を心配そうに見つめる、どうやら母親の顔であった。つまり、早い話が私は転生したらしいのだ。文字も言葉も文化も何もわからないこの場所で、また新たに人生をやり直さなければならないというわけか、と思うと目眩がした。悪い夢でも見ているのだろうと思いたかった。だが、何度寝て何度起きてもやはりこのベッドの上で、この”母親”に見守られているのだ。受け入れるしかない。


 ***


 何はともあれとにかくは言葉を理解しないことには話にならない。必死で”母親”の言葉に耳を傾ける日々が続いた。だが、相手が幼児語でしか喋らないため、1週間経っても覚えた単語の数は片手で足りるほどだった。


 そして私は覚えたばかりの単語を喋ろうとするが、身体は赤ん坊なのだ、うーだのだーだのと声ともつかぬ声を発することしかできないのにもどかしさを覚えるばかりである。


 ***


 私は前世――と呼んでいいのだろうか――では運動神経は悪い方だった。なにせ釣りをしていて海で溺れ死ぬような人生だ。ただ、自慢だが頭はかなりいい方だった……はずだ。もし運動神経が生まれついてのものならば、私のこの人生には少し”前世”よりも希望が持てるのではないかとも思い始めていた。


 とはいえ、保育園や幼稚園――あるのかどうかはまだわからないが――そんなレベルからまたやり直すのはまっぴらごめんだな、とも思っていた。そもそも”前世”での幼少期に、保育園や幼稚園の同年代の子どもたちと話が合わなくてイジメに遭っていた過去があるのだ。もちろん私はもういい大人だから、周りに合わせて生活することはできるだろう。だが、そんなことでせっかくの第二の人生の貴重な時間を無駄にするのはなるべくなら避けたいと思う。


 早いところ”母親”とだけでも意思疎通できるようになればいいのだが……。

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