リントの特訓 ツノウサギ討伐⑤
報告にやってくると何やら村が騒がしいことになっていた。
「どうしたんだ?」
「これはっ! 冒険者様……!」
「くそっ! 話がちげえじゃねえか! くそがぁ!」
「なんだあれ……?」
物珍しそうに村人たちに囲まれた一人の冒険者らしい男がいた。
全身傷だらけで倒れた状態で、だが。
「くそ! おい! お前ら見てねえで助けろ! 俺様はBランク冒険者だぞ!」
またよくわからない高ランクを見つけてしまった……。
「どうする? ビレナ?」
「ほっといてもいいんじゃない?」
「おいふざけんな! てえめら許さねえぞ! 俺様にはあのヴェルモンド大商会がついてんだ! お前らなんて――」
「で、そのスポンサーにこの様子見られたらどう言い訳するの?」
「それは……」
ビレナの言葉で一瞬だけおとなしくなる男。
その隙にビレナが俺に説明してくれた。
「ヴェルモンド大商会はわかる?」
「ああ……」
俺でも名前のわかる大商会、という認識程度だが。
「商会がスポンサーにつく冒険者は、ギルドだけじゃなく商会の依頼で動くこともあるの」
「それで……?」
「今思い出したんだけどここ、マクロン地方だから。多分マクロンカボチャの契約の話のために来たんだと思うの」
マクロンカボチャって……王都で普通の野菜の三倍くらいの値段で売られてたな。
「くそがぁ! ツノウサギ一匹にこれっぽっちしか払えねえ村を助けに来てやったんだぞ! 俺様は」
あっけにとられていた男が息を吹き返したように叫びだした
「そうなのか?」
真偽を村長に問いかける。
「ええ……お二人が出発して間もなく、この御方もやってこられました。ヴェルモンド大商会とは定期的に取引をしております。ギルドと同時に依頼は出しておりました。救援要請を……」
「そうだ! 俺は頭を下げられて来てやった!」
「ですが……我々の出した条件の三倍の金額を突きつけられ……止める間もなく」
「えー……じゃあ勝手に条件を上げて、勝手に飛び出して……これってこと?」
ビレナの直球が倒れた男に突き刺さっていた。
「というか、条件の釣り上げってそれだけでかなりの違反じゃあ……」
「で、そこまでしといてこんなザマで帰ってきたと……」
「だあああ! うるせえぞてめえら! 百匹倒しゃいいって話だっただろうが! あんないるなんて聞いてねえよ!」
「確認しなかった実力不足だねえ」
「俺様はBランクだぞ! それもヴェルモンド大商会から直々にこの地の視察を頼まれてんだ! 俺の口から出る言葉一つで、こんな村なんかなあ!」
男が口に出せたのはそこまでだった。
ビレナが冷たく一言、こう告げた。
「瞬光」
「え?」
「聞いたことない? 瞬光のビレナ」
「それって……Sランク冒険者の……?」
「そっ。で、ヴェルモンド大商会だっけ? 言っておくね。村人から無理やり金を巻き上げようとしたのに無様にやられて喚いてたって。うんうん。それだけ目立てば確かにスポンサーとしては満足かもね?」
「いや……ま、待ってくれ」
男の表情が明らかに歪んでいた。
「ん?」
「待ってくれ。いや待ってください……まさかSランク冒険者様の狩場だったなんて……えっと……」
「にゃはは。気にしてないよ。じゃ!」
「すみません! 商会にはこのことは……」
「んー。まあいいけど?」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「あーあと、そんなところで寝てたら邪魔だよ? ポーション売ってあげようか?」
「いいのですかっ! ありがとうございます!」
あ……と思ったときにはもう遅かった。
「はい。じゃあこれ、しっかりお金、払ってね」
どぼどぼと怪我をした自称Bランク冒険者に一ビンまるごとポーションをかける。みるみる傷口がふさがり、その奇跡的な回復力に周囲の村人たちは感嘆のため息をこぼした。
はじめは回復された冒険者もその回復力に驚きつつも喜んでいたが、ビレナが置いたビンの表記を見て真っ青になった。
「え……? これって……」
「ポーション1000。知ってるでしょ?」
「ええ、まあ……」
「ヴェルモンド大商会も扱ってたはずだし、そのまま返してくれればいいから。どっかのギルドに預けといて」
「いや……えっと……」
男が焦る気持ちがわかる。
ポーション1000はスポンサー付きのBランクでも手の届かない高級品だ。それを知らないうちにドバドバと使われたのだ。だが相手はSランクのビレナ。文句の言いようもない。
「じゃ」
「あ……」
声を発することもできず、怪我は治ったはずなのに、相変わらずその場を動けず地べたに寝そべったまま、男が絶望に顔を染めていた。
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