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「なんだ……なにかリスクがあるのか?」


 ベルとアオイに確認する。

 まあ何のリスクもないなら先に言ってあるか……。

 問題はその中身だ。


「精霊化とは本来、自我と引き換えに何年も、ときには何千年もかけて行われる変化ですので……」

「自我と引き換え……?」


 それは……。


「精霊化するまでに普通、自我など失われるほどの時を要するのだ」

「さっきまで戦っていたハイエルフなど、まさにその典型といえます」

「あー……」


 確かにあれは何かの個を感じることはなかったかもしれない。


「今回、りんと殿のお力により強制的に生命としての格を精霊体にまで引き上げることになりますが……うまくいかねばいまいる個としての存在そのものが、なくなるということです」

「え……」


 それはちょっと……厳しすぎないか?


「ご安心なされよ。私はこれで生きている年数が違います。よほどのことがない限りは自我を保つ自信がございますよ」


 強烈なフラグを立てた気もするが、困ったときのリリィ先生ももう、この手に賭けるしかないとうなずいている。


「で、肝心のその覚醒ってのはどうやってやればいいんだ……」

「ご主人はテイマーの持つ力を引き出すことを考えれば良い。そしてアオイは……」

「わかっております。とかく、りんと殿を信じることが重要」

「それなら私でもできたと思うんだけどなあー」


 未だあきらめきれないビレナが文句を言っていたが、自我を失う恐れがあるというのなら、その危険が少ないアオイやベルが優先されるのは仕方ないだろう。


「まあ、やってみるか……」


 抽象的だが感覚はわかるのだ。

 目の前の信頼で結ばれた存在に対して、こちらから促してそのものの持つ生物としての格をあげる……。

 こちらの覚悟は、相手を変えること。ともすれば相手を壊すことにもつながる行為を、ただ信頼という薄弱の見えない何かで結ばれた相手に強いること。


「お……?」


 覚悟を決めてアオイへその力を送り込む。


「これは……なるほど……良いでしょう。私が残れるかは半々といったところ、賭けとしてはかなり、悪くないですな」


 そういってそっと微笑んだアオイは、突如現れた光の渦に溶け込むように消えていく。


「アオイ……?」


 溶けたアオイが再び、少しずつ形を作っていくような、そんな光景が繰り広げられる。

 溶け出した光が元の形を作るように徐々に輪郭を取り戻す。


 戻ってきたアオイはどこか前よりも神々しさを感じる光を放ち、生気のないうつろな目でこちらを見ていた。

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