決着

「きゅきゅっ!?」


 キュルケが何かに吹き飛ばされた。吹き飛んだ方向はリリィのいる方なので大丈夫だろうが、これまで普通に応戦していたキュルケが吹き飛ばされたのは予想外だった。


「テイマーを倒す定石です。頼りにしている魔物から倒す」


 音は耳元から聞こえていた。

 ビレナ相手に目を慣らしてたのに見えない?!


「そんな定石初めて聞いたぞ!?」

「上位のテイマーは自身に幾重にも保険をかけていますからね」

「なるほど……」

「王国には優秀なテイマーがいなくなってしばらく経ちますが、国外戦を想定すれば必要な定石です!」

「ぐっ!?」


 リミッターの外れたリアミルは凄まじい速度で畳みかけてくる。先ほどまでと違い一発一発の威力も馬鹿にならない。

 如何に普段キュルケに助けられてたかを実感する。

 姿はほとんど見ることができず、向こうが接近するたびにかけてくる声に応えるだけだ。


「カゲロウ!」

「キュククゥー!」

「しかしまぁ……精霊憑依をできる術者とは初めてです……」

「それはよかった!」


 カゲロウは実体のない炎だ。その形は俺とカゲロウのイメージに合わせて動く。


「それは……?」


 今の姿がカゲロウを守りに特化した形だとすると、守りをキュルケやギルに任せてカゲロウを全て攻撃にまわす方法は試した。

 こっちは実戦では初めてだが、攻守両用の武器を試させてもらおう。


「いくぞ!」


 振りかざした手を振り下ろす。

 これはもう勘でしかないが、これまでの傾向からリアミルがやってきそうな方向に思い切り振り下ろした。


「なっ!?」


 ーーカキン


「これは……」


 当たってよかった。ようやく動きを止め、久しぶりにリアミルの姿を浮かび上がってくる。


「カゲロウ、剣モード?」

「ネーミングセンスだけは勝てそうな気がしてきました」


 うるさい! 急造すぎて思い浮かばなかっただけだ。

 とにかく俺の手にはカゲロウが作り出す剣が握られ、リアミルはそれを受け止めるために足を止められた。


「まだです!」

「ちっ……」


 捉え損ねてまたゆらりとリアミルの体が消えた。


「ん……?」


 ゆらりと?


 考えながらも襲い来るリアミルをなんとか躱し、受け止める。カゲロウの補助のおかげで勘とはいえ大まかな位置は風の動きから読み取れている。被弾も防げるし、何より俺が手を上げただけで牽制になり相手の攻撃が止む。

 その間に必死に頭を回した。


「ゆらりと……カゲロウの時と同じだな?」

「キュク?」


 初めて出会ったカゲロウは、実態のない炎の身体を揺らめかせていた。そしてその幻術は景色に溶け込み、姿を完全に隠すにいたっていた。


「同じ原理か」

「キュクー」


 そうかもしれないと言っているようだった。


 元々影分身ができるような相手だしな。幻術は得意か。


「なら」


 周りを見渡す。気付いたらもうほとんど決着がついていた。

 ビレナは最初のターゲットを倒した後、ティエラが絡めとっていた二人のうち一人に向かったらしい。それを受けてティエラが一人に集中する。となるとこの二人の強さは少なく見積もってSが二つはつくわけだから、勝負にならない。今も稽古をつけるように二人が相手を翻弄していた。


 ベルとバロンは闇魔法という共通点があるからだろうか。うまいこと二人で共闘してくれていた。あれももはやベルがあからさまに加減して付き合ってるから、終わろうと思えば終わるだろう。


 最後にリリィを見るとうなずいた。


「結界を張りますね」

「おっ! リントくん、あれやるの?」

「あら、じゃあ終わらせますね」

「ふむ……急がないとか」

「バロン、ここもご主人に任せれば良かろう」


 全員戦闘を急ぐなり離脱するなり準備を整える。

 緑桜の残りの5人がそれぞれ、意図を汲み取りかねて固まる。


「いまのあんたは観客からしたらいなくなったようにしか見えてないよな?」

「そうかもしれません」


 あんな指示を出した老人たちの意図としてはおそらく、リアミルが本気を出せば観客が楽しむ余地がなくなるからだろう。

 観客を喜ばせたいならこれはある意味、とっておきかもしれない。


「死ぬなよ?」

「何を……これは?! いつの間に!?」


 リリィの展開した結界の内側に、カゲロウから放たれた魔力が充填していく。


「炎槍、全方位展開」


 渦を巻いた炎が結界内部を螺旋状に幾重にも覆い尽くしていく。


「っ!」


 焦ったリアミルが飛び込んできたが、もう遅かった。


「幻術使いなら本体は隠すもんな」


 コロシアムの客席以外の全てを覆うリリィの結界中をカゲロウの炎が覆う。


「くっ!」

「なっ!?」

「ぐぁぁああああああ」


 範囲を広げた分威力は落ちるはずだけど、カゲロウがもともと強いからな……。リリィの結界内で人は死なない、厳密にいうと死んでも生き返るらしいのでいいとしよう。

 炎の渦が晴れたコロシアムには、倒れ伏す緑桜隊がきっちり六人、並んでいた。リアミルだけはカゲロウが気を使って幻影を倒れさせていたが、本体のことはまた後で考えよう。


「勝負はついただろ?」

「くっ……」


 審判に催促する。と、後ろからすっと一人の男が割って入った。


「ここからは余がやろうかの」

「出てくるのが早いんじゃないか?」

「これ以上待たせたらお主ら、何しでかすかわからんではないか」


 確かに……?

 ビレナとか今にも老人の首根っこ掴んで引き摺り回しそうだな。


「こ、国王陛下!?」


 慌てた様子の老人たちが、俺たちと王の間で首を動かし続けていた。

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