45 戦後処理

 いち早く動き出していたリリィとバロンによって気がついたらもう殆どの作業は終わっていたらしい。

 もともと教皇に不満のあった民衆だ。クーデター自体は歓迎したものの、キラエムのその後は知っての通り。事実を周知すればたちまち国民たちは離れていった。いやもういないんだけどな、主犯は。


「さて、とりあえず私の天使化でリントくんを神の遣いとして教皇に代わる存在とすることについては、ほとんど異論がなさそう」

「すごいな……」


 リリィは残っていた人員をしっかりフル活用していち早く望む形を作れたらしい。


「それでも混乱は続く。幸い教皇たちが生きているのでそちらを利用する」


 バロンの言葉は言外に教皇の処刑を意味していた。


「悪いな……」

「気にするな。お飾りとは言えリント殿はトップだ。色々と顔は出してもらうことになるぞ」

「影武者とか用意したほうが良いかなあ?」


 どこまで本気かわかりにくいビレナの言葉は一旦スルーした。


「ま、だいたいのことはバロンに任せるからね」

「あぁ……」


 そうか。バロンとはここでお別れということになる。なんだかんだ寂しい。

 というより常識人枠の損失が大きい。


「国が安定すればまた合流すればいいでしょ?」

「そうだな、その時はまた、よろしく頼む」


 リリィのフォローにバロンが微笑む。


「ん? お主らそんなに悩まんでも、転移を習得させればよかろう」


 ベルが口を挟む。


「星の書は回収したんだろう?」

「そうね。キラエムの持っていたものは」

「であれば、適性のあるこやつならすぐに覚える」


 リリィが収納袋から取り出しバロンに渡す。ベルに従って何ページかめくるとバロンが何か唱え始めた。


「リントくんはあれ、読める?」

「いや、落書きにしか見えない」

「にゃははー。私もだー」


 適性がないとガラクタになる書物。なるほど。あの洞窟のような遺跡にずっと置かれていた理由も何となくわかるかもしれない。まああれはそもそも入り口すら分かりにくいという話はあったが。


「おお、これは……」

「ふふ。黒魔術の深淵は異界の操作だからな。今自分のいる空間ごときコントロールできずしてそれは果たせぬ」


 バロンの後ろにはキラエムが使っていた転移門が開いていた。その奥にはリリィに魔改造された我が家が見える。


「なに……これ?」


 律儀に際どいメイド服を着て仕事をするミラさんの顔も見えた。


「さてと、ご主人、この者がこれで自由に行き来できるようにはなったが、どちらかといえばご主人が呼び出す機会が多かろう?」

「まあ、できるならそうか……?」

「精霊召喚を覚えておるご主人ならば、不完全ながら魔物召喚のまがい物はできるな?」


 おそらくできるだろう。実際キュルケくらいなら多少離れたところからでも召喚できそうだなとは思っていたところだ。


「この者へ使ってみよ」

「人に使うのはなんか……抵抗があるな」

「その抵抗を捨てよ。私や炎狼と同じだ。この者はご主人の手足、それを望むものだ」


 バロンと目が合う。そこに否定の意思は感じ取れなかった。


「じゃあ……」

「イメージが固まらぬうちはスキルを声に出すと良い。歴戦のテイマー達が皆最強の手札と謳う必須スキル。ご主人は今やこの地上で最も優れたテイマーの1人。確実に覚えておくべきだ」


 ベルの言葉にビレナ達もにこやかに微笑んでいた。さすがにまぁ、そろそろ自分でも自信もついてはきているにしても、こういう必須スキルや冒険者としての経験値を思えばまだまだだと思わざるを得ない。

 まずは一歩ずつだな……。


「サモン!」


 目の前にいたバロンが吸い込まれるように転移門を通り、俺の背後に吐き出されるように転がり出してくる。


「転移門を出したままであればこうなるが、しばらくはご主人の召喚に気づいてから転移門を出してアシストするのがよかろう」


 転がり出たバロンがすごい体勢になっていたので手を差し伸べる。すかさずリリィが回復していた。


「なるほど……」


 まあでも、これならバロンは必要な時にパーティーに加わってもらえるわけだ。


「バロンはじゃあ、リントくんの家から出勤もできるわけだね!」

「そうだな」

「ちなみにこれ、私たちは使えないのー?」


 確かにこれが使えれば便利ではある。


「出来んことはないが効率を考えれば走った方が良いな。私の魔力でも全員を運べば力つきる。この者ではそもそも他者を通すことは難しいだろう」


 転移の魔法は原理こそわからないがざっくりいえば運ぶもののランクと距離によって負担が変わるらしい。

 石ころなら運べるが人となると難しい。それがリリィのような化け物魔力だったり、ビレナのようなバイタリティだとさらに難易度が上がるらしかった。


「なるほどー。じゃ、まあしばらくはこっちでクエストして、落ち着いたら戻ろっか」

「そういえばクエスト、あったのか……」


 完全に忘れていた。


「リントくん、このメンバーに囲まれてるせいであんまり実感なさそうだけど、強くなってるってのがわかるはずだよ!」

「ふふ、久しぶりの冒険者ね」

「冒険者の申請はしてるの?」

「ええ。一応Bランクまでは上げたわ。そこから先は時間がなくて、ね」


 さらっとBランクだ。いやまあ、一撃しか見てないけどあれはSランクの世界だった。時間の問題というのは見栄でもなんでもない事実だろう。


「じゃあ後から申請してもパーティーとして依頼達成にはなるはずだね! よし、装備揃えたらいこっか」

「どこに?」

「ゴラ山脈。あ、氷雪園って言った方がわかりやすいかも?」


 ビレナの口から出たのは推奨ランクAの狩場。氷雪園、別名


「冒険者の墓場、ね」


 ティエラが不敵に微笑んだ。

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