第41話 フアン ②海
倉庫の外で車の停まる音がした。
一同は閉じられたシャッターへ視線を向ける。フアンが開きっぱなしのバンのドアに手をかけたまま手で合図すると、手下の一人が小走りでシャッターの方へ向かった。
フアンの目はまだバンの中のガブリエルに注がれている。目を閉じたガブリエルはフアンの視線に気づかず、代わりに、隣のダニエリが見返した。奥から熱を発する眸の深い黒。ふん、とフアンは鼻を鳴らした。
「ま、マカレーナの恩人ではあるわけだ。それだけのことはしてやるさ」
「さっすがフアン。ありがと!」
背中から抱きつくマカレーナに、片頬を上げて吐き捨てるフアン。
「まったく、調子いい野郎だ」
だが言葉の意味ほどに口調は尖っていない。ずっと握っていた銃を座席に投げ捨て、まだ半分残る煙草を口から吐き出した。
「『野郎』じゃないって言ってんでしょ、ばか」
マカレーナがたしなめるのをフアンは無視して、振り返ると正面からきつく抱きしめ直した。
「……もう心配させンじゃねえぞ」
「ばかね」
マカレーナはふっと笑って、背伸びしフアンにやさしく
マカレーナの唇からこぼれた舌をフアンの舌が捕らえると、交わる音がしばらくつづいて、バンのなかのふたりにも届いた。
長い
「さ、車を替えるぜ」と皆を見まわした。
ダニエリに手を引かれ倉庫の通用門前に横づけしたリムジンに乗り込んだガブリエルが、豪奢な内装に感嘆の声を上げる。
「田舎者まる出しね」
あとから乗り込んだマカレーナが
「ガビ、気にしないでいーから。マカレーナっていつもああなの」
そう声かけた先のガブリエルは、どうやら
最後にフアンが乗り込むと、リムジンはゆっくりと走りだした。後ろのキャビンはフアンたち四人が席を占め、前にはドライバーと、助手席に一人。敵を警戒はしているが、海沿いに倉庫の立ち並ぶ通りは静かだ。
椰子の木の向こうには、青い海。風の凪いだ海の上、入道雲が天を摩している。
「見て、海がきれい」
「この先待ってンのは血の海かもだがな」
冷笑するフアンに、マカレーナはおおきくため息。
「はあーっ、つまんない。あんたって、
「……のんびり景色楽しんでる場合じゃない、と、思うんだけど――思うよね、マカレーナ? まさかガビのこと、忘れてないよねえええ?」
非難の目を向けるダニエリは、ずっとガブリエルの手を握りっぱなしにしている。その怒りの視線とまともにぶつかったマカレーナは、あわてて目を逸らした。
「もっちろん。ガビのことは……フアンがなんとかしてくれるわよ」
「おれに振るんじゃねえよ」
マカレーナに肩を叩かれ、だが冷たく返すフアン。
急に話題の中心になったガブリエルは、閉じていた目を薄く開けて笑った。
「おれは大丈夫だよ。ほら、血も止まってる。家に帰って寝てれば直るさ」
「また襲われたらどうすんのよ? 恨まれてるかもよ」
「えー? おれなんか狙わないんじゃねえの? たまたま居合わせただけだし。おれのことなんか、だれも知らねえだろうし」
「あ!」携帯のニュースを覗いていたマカレーナが声を上げた。「だめだこれ」
皆が注目するのに携帯の画面を示して、
「市場の監視カメラに映った映像かな? ほら、ガビの顔なんか真正面からばっちり。こんなの流すなんて、信じらんない」
ネットに流れている動画ニュースには、逃げ惑う客たちの間を縫って出口へ向かうガブリエルと、彼に手を引かれるマカレーナとダニエリが、しっかり映っていた。
既に関係者の間には顔と名の知れ渡っているマカレーナはともかく、ダニエリとガブリエルまでもが、これでフアンの身内と世に認知されたわけだ。
「……これ、ライブだよね?」
ダニエリが自分の携帯に映った、また別のニュース映像を示す。そこにはガブリエルのアパートの前を張る警官たちの姿が映っていた。
「おれん
「はっはは。こりゃどうしようもねーな」
「笑いごとじゃないわよ……! これじゃガビが狙われちゃうじゃない」
ダニエリが顔を真っ赤にして怒る。マカレーナが手を差し伸べるのを、肩を揺すって拒んだ。
「なんとかしてよ。あんたたちの隠れ家に
「駄目だ」
フアンが言下に断る。
「なんでよ? けちね」
「寝る場所ぐらいはあるけどよ、だがな……いずれ殺さねーと、ってコトになンぜ?」
「なにそれ」
と睨むマカレーナに気づかぬふりで、フアンは椰子の木が流れるのを見たまま冷たく笑った。
「ひとには見せらンねーもんが山盛りあるんだよ。あそこの秘密が全部挙げられたら、おれたちゃ三千年は
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