第2話 歓迎会

「それじゃ、今日は楽しんでくれ」


社長が言うと皆で乾杯して食事を始めた。

今日は片桐さんの歓迎会。

創作料理がうりの居酒屋にいた。

幹事の石井さんは割といろいろな店を知っているらしくて、いつも美味しい料理屋を見つけてくる。

そして毎回飲み会をするたびに恒例行事となっているのが……。


「ささ、今日くらいは良いだろ。飲んで飲んで」

「私たち車で帰るので……」

「代行頼めばいいじゃないか」

「家で主人が待っているから」


社長がパートの宮田さんと渡瀬さんに飲ませようとして、その都度断られている。

2次会に誘っても宮田さん達は絶対に来ない。

断られるのが分かってるのにどうして諦めないのかが不思議だった。

まあ、俺には関係ないから料理を食べる。

今日は車で来ていたのでお酒は飲まない。


「宮成、お前もそろそろ彼女くらい作ったらどうだ?」


これも毎回のパターン。


「俺なんかには無理ですよ」

「そんな事言って一生独身でいるつもりか?」

「先の事は分かりません」

「……おまえひょっとして……」


言っとくけど男色とかそういうのではない。

単純にモテないだけ。

まあ、こっちから声をかけた事も無いんだけど。


「片桐さんなんてどうだ?」


ビールをジョッキ3杯くらい飲んだらこういう無茶ぶりをしてくる。

その今回の主賓である、片桐さんは黙々と食べて飲んでいた……わけでもない。

別にコミュ障でもないらしい。

普通に宮田さん達と話をしている。

普通にしていたらいい子なんじゃないかと思う。

ただ、俺と歳の差があり過ぎる。

こっちは三十路、片桐さんは新卒だ。

無理があり過ぎるだろ。


「片桐さんは付き合ってる人いないのか?」


社長まで話に乗ってきた。

それまでは和気藹々と話をしていた。

それまでは……。

片桐さんの返事が場を凍り付かせる。


「答える義務はありません。ていうかそれセクハラじゃないですか?」


片桐さんの為に弁護しよう。

片桐さんは決して愛想という要素が欠落しているなんてことはない。

それは今まで仕事をしてきて分かっている。

ただ、たまにこういう凍てつく波動を放って来るだけだ。


「まあ、片桐さんにも色々事情があるんですよ」


どうして俺が片桐さんを庇ってやらないとダメなんだろう?

それは片桐さんの前に入社したのが俺だから。

新人同士ということだ。

俺もやっと試用期間が終わったばっかり。

分からない事だらけなのはきっと同じだろう。

まあ、仕事の能力は片桐さんの方がはるかに上だけど。


「片桐さんは大学の時に飲み会とかなかったの?」


石井さんが話題を変えようとしていた。


「ありましたよ」

「楽しかった?」

「ええ」

「その時の友達は?」

「……プライベートな事はあまり言いたくないので」


秘匿主義というやつだろうか?

まあ、触れられたくないなら触れなきゃいい。

実際女性陣同士で仲良くやってるんだし、任せて置いたらいいんじゃないか。

そう思っていた。

食事会が終ると次は2次会。

さっき話した通り、宮田さんと渡瀬さんは旦那さんが待っている。

渡瀬さんは子供の世話もしないといけない。

先に帰っていった。

と、なると女性は片桐さんだけになる。

その片桐さんも帰ると思ったけど……。


「行きます。どこに行くんですか?」


へ?


「あ、あの無理についてこなくても」

「ついてこられると困るような場所に行くんですか?」


誘っておいてそれはないよ。


「なんだ宮成。お前片桐さんと一緒なのが嫌なのか?」


そう言う選択肢が無い質問はどうかと思うんですけど。

2次会はカラオケに向かう。

大体皆の好みが分かってきている。

それに被らないようにすればいいだけ。

飲み物の注文を受けながら、自分の番になったら歌う。

するとあることに気付いた。

片桐さんが歌っていない。

それに気づいたのは俺だけじゃないみたいだ。


「片桐さんも一曲くらい歌ったらどうだ?」


社長がそう言って端末をまわす。

嫌なのかな?

そうでもないみたいだ。


「……わかりました」


そう言って片桐さんは曲目を入れる。

最近のアイドルグループの曲とか歌うのかな。

それともボカロ系とか行けるくちなんだろうか?

どっちでもなかった。

流れるイントロと画面に映される曲名に皆唖然としていた。

演歌だった。

恋人を残して一人帰る女性の別れの歌。

皆静まり返った。

意外とうまい。

歌い終えると俺は拍手をしていた。


「へえ、片桐さんこういう歌が好きなんだね」

「年配の人を相手にするときの歌くらい弁えてます」


弁えてますって言ってるけどその割には感情がこもっていた気がするけど、気のせいだろうか?


「上手いじゃないか。他にどんな曲歌えるの?」


社長と大島さんが片桐さんに酒を勧めながら色々話をしていた。

さっきと違って他に女性陣がいない。

観念しておっさん二人の相手をしていた。

俺は残った二人とバカ騒ぎをしていた。

片桐さんの事を社長たちに任せっきりにしていたのが失敗だった。

片桐さんは泥酔していた。

カラオケを終わってバーで飲む頃には足もふらふらだった。

片桐さんでもこんなに取り乱す事あるんだな。


「おい、宮成。お前が送ってやれ」

「なんで俺なんですか?」

「お前車で来たんだろ?」


だから車で送ってやれと言う。


「だ、大丈夫です……一人で帰れますから……」


そう言って帰ろうとして足下がふらついて倒れようとする片桐さんを、咄嗟に支える。

モテないくせにこういう時の反応はなぜか早い。


「すいません」

「気にしないで」

「……と、いうわけだ。お前が送ってやれ。社長命令だ」


いやいやいや、職権乱用だろ。


「曲りなりにも片桐さん女性ですよ?俺が送るのってやばくないですか?」

「私はれっきとした女性です!」

「お前に限って間違いはないから問題ない」


散々言われ放題言われて俺は片桐さんを送る羽目になった。

とりあえず駐車場まで連れて行って助手席に乗せる。

シートベルトをつけてやって車を走らせる。


「……で、何処に向かえば良い?」

「大在の方にお願いします」


個人情報を流したくなさそうだったけど、こういう個人情報はあっさり言うんだな。

まあ、駅とかバス停とか目印の場所まで送って後は歩いて帰るとかそういうオチだろうけど。

生まれてこの方女性と2人っきりでいたためしがない。

こういう時何か話した方が良いのかすら分からない。

とりあえず今とても気まずい空気だという事は分かっていた。

カラオケで聞いてた感じ曲の好みも違いそうだ。

とりあえずテレビをつけてみた。

何か音が欲しいと思ったから。

するとサッカーの試合のニュースがやっていた。

地元のチームは片桐冬吾選手をはじめとして日本代表の選手が多数在籍する。

そのせいもあって連戦連勝を繰り広げていた。

まさかサッカー大国になるとは思っても見なかった。

一時は「やる気あるのか!?」と罵倒されたチームだったのに、今はJ1の王者に君臨し続けている。

片桐冬吾選手……あれ?片桐?

ひょっとして……。


「あのさ……」

「テレビ消してもらえませんか?私サッカー嫌いなんです」


じゃあ、あり得ないか。

特に見る必要もないので消した。

するとまた気まずい空気になる。


「そこを左に曲がって下さい」


コンビニに寄るのかな?

そうでもないようだ。

片桐さんの言われたとおりに道を進むとラブホの密集地……の先にあるデートスポットに着いた。

ここにあるのは廃棄物処理場と火力発電所だけ。

人の住む家なんてどこにもない。

こんな所に連れて来てどういうつもりだろう。


「さっき先輩が聞こうとした質問に答えます」


ああ、気づいていたのね。


「片桐冬吾は私の双子の兄です」


兄妹だったのか。

でもそれがこの場所と関係あるのか。

それに……。


「それが片桐さんのサッカー嫌いと何か関係あるの?」

「ありません」


即答だった。

元々興味もなかったらしい。


「……何かあった?」


用もないのにこんなところに連れて来るとは思えなかったから。


「……べつに」


そのセリフを言ってすっごい叩かれた女優いるんだけど、ひょっとして片桐さんも今機嫌悪い?


「ごめん」

「どうして謝るんですか?」


ああ、これも選択肢ミスったかな?

こういう時は取りあえず謝っとけって聞いたけど。


「……知りたいですか?ここに来た理由」

「まあ、家に送るはずがこんなところに来たんじゃね」


まさか一緒に入水自殺したいとか言わないよね。

親子で入水自殺しようとしたドラマが太古の昔にあったらしいから。

しかも娘は「母さんが初めて一緒に何かしようと言ってくれて嬉しい」なんて言うサイコなドラマだったから。


「ここに来たのは何となくです。家に帰りたい気分じゃなかったから」

「片桐さんは一人暮らし?」

「いえ、親と祖父母が住んでます」

「両親に連絡しないで大丈夫?」

「先輩って面白いですね。私だってもう22歳ですよ」


家を出ないのは特に家を出る理由が無いから。

家に帰りたくない理由は聞かない方が良い気がする。

とりあえず聞かなきゃいけないことを聞いた。


「これからどうするの?」


まさか俺の家に泊るなんて言わないよね?

そんな事実が発覚したら片桐さんの親がエアハンマーを持って怒鳴り込んでくるよ。

そしてそんな事は言わなかった。


「ここまで来たんだしホテルにでも泊っていきませんか?」


俺は夢を見ているのだろうか。

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