輪の中

 俺の彼女のりんは何だかんだ変なやつである。

 オシャレに無頓着で灰色の服ばかり着て、長い髪はいつもぼさぼさで、ちょっと目の下に隈があって、でも姿勢だけは無駄に良くて、背が小さい。

 オカルトマニアで本マニアであるりんの家には、訳のわからないものがたくさんある。どっかの部族が持ってそうなトーテムとか、儀式に使いそうな水晶のドクロとか、電波を受信しそうな謎の機械とか、魔術の使い方が書いてありそうな怪しげな本とかだ。

 正直俺には何が良いのかわからない。りんに話を聞いてもさっぱりで、興味が湧かない。

 ただ、そうやって話してるりんを見るのは好きだ。目を爛々と輝かせて、語りたいものを両手に持って、ちょこまかとした言動で興奮して話す姿はとても愛くるしい。

 好きになった理由は胸が大きいからだったが、付き合ってみたらりんの親しい人間にだけ見せる仕草とか、ちょっと抜けてるところとか、そういうのが愛おしく思えてきてもっと好きになった。

 そういう事を本人に言うと顔を真っ赤にさせて、全然痛くない拳が飛んでくるのだけど。


 デートをすっぽかされた。

 俺は今、賑わっている駅前の待ち合わせ場所で間抜けな顔をして立っている。

 待ち合わせ時間から三十分過ぎたあたりでおかしいと思い始めた俺は、携帯でメッセージを送ったり電話をかけたりしたが返事は全くこなかった。

 こんな事は今までに無かった事だ。俺はなんだか不安になってきた。ひょっとして飽きられたとか、捨てられたとか、他に男ができたとかだったらどうしよう。とか思ったが、りんに限ってそれはないなと考え直して、とりあえずりんの家に行ってみる事にした。

 しばらく歩いてりんの家の近くまで来た時、道端に歩いているりんの後ろ姿を発見した。俺はホッとしつつ、りんに声をかけた。

「おーい、りん」

 しかし返事は無い。無視されている。

(聞こえなかったか?)

 俺は思いつつ、駆け寄ってりんの肩に手をかけようとした。

「おい、りん。どうし……」

 俺の言葉は途中で途切れた。りんの小さな肩に手を置いた瞬間、天地がひっくり返った。柔術の技を受けた時にそういう表現を使うことがあるが、これはそういう次元ではなかった。

 俺はひっくり返り、背中から地面に叩きつけられた。

「ぐえっ!」

 俺が痛みに顔をしかめながら見上げると、表情のない顔で立っているりんがいた。そして口を開く。

「君は誰だ?私に何の用かな?」

 明らかに普段のりんの口調ではなかった。

「何言ってるんだお前?自分の彼氏の顔も忘れたのか?」

 俺は立ち上がって言った。

「ああ、そうかこの女の子には付き合っている彼氏がいたのか。ひょっとして今日はデートか何かだったか?それならすまない事をした」

 また妙なことを言い出した。俺は少し考えてみた。

 りんが変わったやつなのはいつものことだが、今日は少し様子が違う。まるでこいつがりんではないような言い草だ。言うなれば二重人格のようだ。

 ひょっとして、りんはオカルト本か何かに影響を受けて、二重人格ごっこをしているのではなかろうか。

 仕方ない、俺はりんに付き合ってやることにした。

「まったく、デートの約束をすっぽかされて待ちぼうけを食らっちまったよ」

「むぅ、すまない事をした」

「それくらいいいよ。ところでお前は何者なんだ?」

「意外だな、私の事を分かってくれるのか?」

 話を合わせる。

「ああ、もちろん分かってるよ。お前はりんじゃないんだろ?どういう存在なんだ?」

「話が早くて助かる。ふむ、どこまで話したものかな」

 りんは左手であごをなで、右手を左肘に添えて考えこむ。普段のりんはやらない仕草だ。

「とにかく、歩きながら話そう。行くべきところがあるんだ」



「たしかに私はこの子の体に入っているが二重人格などではない。もっと別のところから来たんだ」

 俺たちは国道沿いを歩きながら話していた。大型商業施設や住宅地の側を通って街の中心部から離れていく。

「私が来たのは…そうだな言うならば未来から来たと言えばいいかな」

「未来?」

「そう、未来だ」

「なんで未来から来たら人格が変わるんだ?」

「うん、君はタイムパラドックスと言うものを知っているかな?」

 いくらオカルトに明るくない俺でもそれくらいはわかる。

「要するに、未来から来て過去を変えると未来が変わってしまうから、そういう時間移動は出来ないって理屈だろ?」

「そう、だがその過去を変えるというのはどの程度のことなら許されて、どの程度のことから許されないと思う?」

「そりゃあやっぱり歴史を変えるとかじゃないのか」

「いや、そうじゃない。そんなものは人間という小さい者から見たときの話だ。厳密に言えば人間一人どころか砂一粒過去に持ち込めば、そこからバタフライエフェクトが発生して世界は変わる。

 だから物理的な時間移動は原則的に出来ないというのが私の居た未来での結論だ。だから物理的でない時間移動の方法が発案された、それが精神だけでの時間移動だ」

 りんの演技は堂に入っていた。普段から自分の好きなことになると饒舌になるが、今は全く違う口調で話し続けている。ここまでボロを出さないとは大したものだ。

「精神だけなら過去に干渉したとしても矛盾が発生しない。なんせ物理的には全く問題の無い範疇での行動しか出来ない訳だ。たとえば私がここで何をしたとしても、この女の子に出来る範囲の事しか出来ないからな」

「その理屈はちょっと乱暴じゃないか?」

「そうか?どの辺りがだ?」

「その理屈だと過去に戻って人を殺したとしても何の矛盾も起きないことになるじゃないか。ほら、親殺しのパラドックスとか言うし」

 俺はこの会話をちょっと楽しんでいた。りんといるのはいつでも楽しいが、こういう普段と違う感覚を味わうのも悪くない。

 俺はのんきにそう思っていた。

「それは大丈夫だ。たとえ人間が死体になったとしても、構成される物質は残る。物質さえ残れば、歴史の矯正力が働いて別の形で正しい歴史に修正される。例えばある人間が死んでその子供が産まれなくなったとしても、別の人間の遺伝子で代用されて世界の歴史的に正しい子孫が産まれてくる。

 何の問題も無い」

「………それだとこの世の人間はすべて死んでも代わりがあるみたいだな」

「そうだ」

 肯定するのに淀みは無かった。

 俺は途端に背筋が寒くなった。目の前の人間がひどく人間性のかけらもない、恐ろしいことを言っているような気がしたからだ。

「宇宙や世界の視点から見れば人間の営みなど些細なものだよ。世界に砂一粒を落とす事が人間を殺す事より罪深いのは、紛れも無い事実だ」

 そう言い切った人物の表情は、氷のように冷たく何の感情も浮かんでいなかった。

 俺は絶句して戸惑った。

 目の前にいるのはりんだと思っていた。なぜかは知らないが、ふざけて二重人格の真似をしているのだと思っていた。だが、りんがこんな表情をするところも、出来ることも俺は知らなかった。

 目の前にいるのはりんだと思えなくなってきていた。

 俺はどうすればいいのか分からなかった。よく知る人物が見た目だけはそのままに全く違う存在へと変貌してしまったことに対して、どういう感情を持てば良いのかとんと見当もつかなかった。

 だが、後になって思えばこの時俺が持つべき感情は恐怖だった。大切な人間が居なくなってしまったかもしれない時には恐怖を感じ、打開策を見つけようと足掻くべきだったのだ。

 しばらく沈黙が続いた。

 歩き続けているとりんの口からおもむろに声が聞こえた。

「あそこだ」

 りんの指が示した先には廃ビルがあった。人の住む場所から離れた、何のためにあるのか分からないだだっ広い空間の真ん中にぽつんと立っていた。

 彼女が振り返った。

「ここから先は危険なんだ。君はついてこない方がいい」

 それだけ言うと俺を置いて敷地に入って、廃ビルまで歩き出した。

 俺は少し呆然としていたが、我に返って彼女の後を追った。まだ良く分からないままだったが、彼女が危険だと言ったことを思い出し、そんな場所にりんを置いて行くことは出来ないと思った。

 追いついた時彼女はドアの前に居た。

 彼女がドアノブの近くのガラスに人差し指を当てると、ガラスと指の間が白く光った。そしてそのまま丸くガラスをなぞると円形の穴が空き、彼女は手を入れて鍵を外した。

「おい!」

 俺が呼びかけると彼女は振り返った。

「なんだ。来てしまったのか」

「危険ってどういうことだ?お前は何をしようとしているんだ!?」

「だから君は来ない方がいいと」

「りんを危険な目に合わせる訳にはいかない」

 俺は意思を持って言い切り、彼女を見つめた。すると彼女は諦めたように、

「わかった。どうしてもここを去る気は無いようだな。だが私のそばを離れないでくれ。なぜなら私は殺人犯を追っているからだ」

と言った。

「なんだって?」

「異常な人殺しだ。未来だけでなく今より過去でも大勢殺している危険な奴で、この時代に居ることをようやく突き止めた。ここで奴を止める」

「…なんでそれをりんがやらなきゃならない」

「この子が選ばれたのは偶然だ。精神の移動をする際には血縁をはじめとして縁のあるものに対しての方がやりやすい。 おそらくこの子と私には何かしらの縁があったのだろう」

「だからってりんに何が出来るって言うんだ、ただの女の子だぞ?」

「それは問題無い。見てくれ」

 彼女は廃ビルのそばに積まれていた背の高さくらいの鉄のガラクタの山に掌を向けた。掌から空気の歪みのようなものが出たかと思うと、次の瞬間激しい衝撃波が発生してガラクタの山が吹き飛ばされた。見ると鉄のガラクタはバラバラに引き裂かれていた。

「これは精神機械アストラルギアだ。普通の機械は物質で構成されているが、これは精神的なもので構成された機械だ。それが私の精神の中に入っていて、様々な作用を引き起こす。これを使って奴を倒す」

「…………」

 俺はびびった。予想だにしない出来事が起こっていて、どう捉えていいのかまったく分からない。

 でもやるべきことは分かっていた。どんなことがあってもりんのそばにいる。それだけが今の俺に出来るたった一つのことだった。


 俺は彼女の後について廃ビルの階段を登っていた。壁は薄汚れ、埃が積もっている。

 部屋を一つ一つ見て回る途中、机や棚といったガラクタが道を塞いでいたり開かないドアがあったりしたが、そのたびに彼女は不思議な力を使ってガラクタをどかしたり鍵を開けたりした。

「便利なもんなんだな、未来の技術は。どんな仕組みなんだ?」

「それは私には分からないな。使い方を知っているだけなんだ」

「ふぅん、まぁ俺が携帯電話の仕組みを知らないみたいなものか」

「そういうことだ。………まて、止まれ」

 廊下の途中で彼女は足を止め、掌の上に浮かぶ幾何学模様の描かれた立方体のホログラムのようなものをじっと見つめた。

「奴がいた痕跡がある。この部屋だ」

 彼女は目の前のドアを慎重に開け、部屋の中に入る。俺も後に続く。

 部屋に入った瞬間、異常な悪臭が鼻を刺激した。それは薬品と腐った肉が混ざったような匂いだったが、今までに嗅いだことの無い気分の悪くなるものだった。

「うっ……!?」

 部屋の中は会議室程の広さで机や棚がいくつか置いてあり、いたるところに密封された瓶があった。瓶の中身は灰色のペースト状の物だった。

「なんだこりゃ……?」

 彼女は瓶の一つを手に取りそれを見ながら言った。

「脳だよ」

「え?」

「奴は生きた人間の脳を集めて、それらを混ぜ合わせて瓶に詰めている。今よりも過去に遡ってそれぞれの時代で幾度と無く繰り返しているんだ」

「な……!?」

 話を聞いて吐き気がした。

「なんだってそんなことを?」

「はっきり言って奴はもう既に正気じゃない。だが、奴には最初は目的があった。死人を生き返らせるという目的が」

「未来の世界では死人が生き返るのか?」

「いや、そんなことは無い。私の居た未来でもそれは不可能なはずだ。だから奴のやっている事はオカルトで、実現不可能な事だが奴には関係ないらしい。

 奴の理屈はこうだ。過去に戻って人を殺しても歴史の矯正力で正しい子孫が生まれてくる。だったらそれを利用して、望む人間を新たに生み出すことも出来る、とな。

 それで奴は脳の構造を調べ、混ぜる事によって自分の生き返らせたい人間の精神を作ろうとしているんだ」

「…イかれてる……!」

「そう、奴は完全にたがが外れている。もう理屈に関係なく、人を殺して脳を奪う事が自分の目的を果たすことになると本気で信じている」

 彼女は掌のホログラムから何本もレーザーのような光の線を照射して辺りを精査し始めた。

「どうやらここは奴のアジトだったらしい。痕跡をたどってみる」

 俺は不気味な瓶から離れて部屋の隅に移動した。彼女は光の線を動かして部屋中を探していた。一本の光が一点を集中してくるくると回ると、次の箇所へ移動する。これを何本もの線で複雑な動きで繰り返していた。

 ふと気づくと光の線の動きが変わった。何かをたどるような動きになっている。光は壁や床を這いまわり、だんだんと合流していった。そして全ての光が合流したかと思うと、俺のすぐ隣の壁を指して止まった。

「………まずい…」

 彼女が呟いた。

 次の瞬間、

「伏せろ!」

俺のすぐそばの壁が爆発して吹き飛んだ。

 隣の部屋から来たその衝撃波は、こちらの部屋の棚や机を吹き飛ばし瓶を割り悪臭をまき散らした。

 俺は吹き飛ばされて壁に激突したがなんとか無事だった。衝撃波はすぐそばを通り抜けたが、指向性を持っていたそれは直撃しなかった。だが、それは俺ではなく別の何かを狙っていたということだ。

「りん!」

 俺は彼女のいた方向を見た。瓦礫が散乱していて彼女が見えない。俺は彼女の元に向かうため立ち上がろうとしたが視界の端に動きを捉えて動きを止めた。

 壁に空いた穴から、男が入って来ていた。そいつは痩せた若い男で一見普通の外見だが、焦点の合っていない虚ろで異常な目をしていた。

 部屋中央で物音がした。見ると彼女が倒れた棚の下から這い出ようとしているところだった。男は無言で彼女に掌を向けた。凶悪な衝撃波を発生させる予兆の空気の歪みが見えた。

「やめろ!」

 俺はとっさに男の腕に飛びついた。腕を無理矢理別の方向に向けさせる。次の瞬間、男の手から衝撃波が発生し窓を一つ消しとばした。

 男と取っ組み合いをしていたが、男はその痩せた腕からは想像できない程の強い力でこちらを押さえ込んできた。そして馬乗りになられてしまいそのまま首を絞められる。

「……ぐぅっ!」

 まずい。呼吸ができない。俺は足掻いたがどうしても振りほどくことができなかった。

 意識が遠のきかけた時、突然男が横を見た。目線の先を追うと彼女が立ち上がり掌を構えていた。すると男は俺の首から手を離し俊敏な動きで部屋の外に逃げていった。

 男が見えなくなると彼女はその場に崩れ落ちた。

「…っぐ……」

「おい、大丈夫か!?」

 俺は駆け寄ってりんを心配したが、彼女のことも心配だった。なぜなら彼女は頭を押さえてうずくまり、尋常ではない様子だったからだ。

「…ああ、肉体の方は大丈夫だ。防御が間に合った。

 だが、奴は衝撃波に乗せて精神攻撃も行ってきた」

「なんだそれは?」

「文字通り私の精神を直接攻撃することだ。これを受けると精神機械アストラルギアが弱まる。今はまだ使えるが、じわじわと効いてきてそのうち完全に無力化される。  ……迂闊だった」

 彼女は見るからに弱っていた。顔も青ざめている。

「とにかく奴が戻ってくる前に逃げよう!」

 俺は提案したが彼女は否定した。

「いや、奴は私が弱りきるのを待っている。時間はかけられない。だからこちらから仕掛ける」

「でもそんな状態でどうするって言うんだ?」

「だから君の手を借りたい」

 彼女は俺を見つめてきた。

「何をさせるつもりだ?」

「私の精神機械アストラルギアを君に渡す。それで君が奴を倒すんだ」

「そんなことが出来るのか?」

「ああ、そうすれば私は無防備になるが奴は油断する。チャンスは十分にある。やってくれるか?」

 俺は迷わなかった。りんと彼女を守るためには、俺がやるしかないようだ。

「…やろう」

「ありがとう」

「どうすればいい?」

精神機械アストラルギアの受け渡しには粘膜接触が必要だ。…顔を近づけてくれ」

 俺が屈むと彼女が俺の両肩に手を置いて顔を近づけてきた。彼女の息がかかる。目の前に見慣れた顔が見慣れない表情であった。

 彼女は自分の眼球を俺の眼球に押し付けた。くちゅり、と粘性のある感覚がする。眼球が触れ合った瞬間、俺は知らない知識が頭の中に入り込んでくるのを感じた。彼女が体を離す。

 俺は掌に意識を集中させるとホログラムが浮かび上がった。使い方が分かる。

「これで受け渡しは終わりだ。だがなじむまで少し時間がかかる。それまでは待つ必要がある」

「奴が襲って来たりはしないか?」

「おそらく無いはずだ。時間が経って有利になるのは奴の方だと思っているだろうからな」

「でも奴はイかれてるんだろ?確かなのか?」

「それは賭けるしかない。だがイかれ具合なら私も同じだ」

 彼女は自嘲気味に言った。

「時間移動は精神をすり減らす。一回は大したことなくても、積もり積もれば正気と人格を失う。奴も私も回数を重ね過ぎた。

 実は私も以前の記憶がほとんどない。覚えている事は奴を止めなければならないという事だけで、何故そうなのかは記憶が無いんだ。

 私と奴がどんな関係にあったのか、それは最早時間の流れの中に置いて来てしまった」

「…そんなになってまでして奴を止めて、それであんた、まさか死ぬ気か?」

「その点は大丈夫だ。なぜなら私はすでに死んでいるからな。いつ死んだのかは思い出せないが、私は霊魂だけで時間移動している。もう帰る肉体の無い亡霊だな」

 そう言って彼女は奇妙な表情をした。それは憐れな自分を嘲笑わらっているようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 俺は彼女に同情していた。りんを巻き込んだ事は許せないが、自分が無くなっても使命を果たすためにこんな見ず知らずの場所で一人闘っている彼女に、何か助けになってやるべきだと感じた。

「……さて、そろそろいいだろう。奴を倒しに行こう」


 広い屋上には三人がいた。俺と、彼女と、奴だ。

 奴はおそらく彼女が精神機械アストラルギアを無力化される前に、最後の力を振り絞って決戦を挑みに来たと思っているだろう。その油断を突いて俺が奴を倒す。

 最初に動いたのは奴だった。

 身を低く走り出し彼女に突っ込んでくる。そして白く光った手で彼女を引き裂こうとする。次の瞬間、俺はこちらを無視していた奴に向かって強化した身体能力で体当たりを食らわせた。俺は倒れ込んだ奴に追い打ちをかけようと近づいた。すると奴は掌を出して衝撃波を構えた。その狙いは俺ではなく彼女だ。

 まずい。

 奴はもう既にこちらの作戦を見切っていて、俺が彼女を守りながら戦わなければならないと気付いていた。奴が衝撃波を放つ。俺は射線上に移動して防御壁を張って攻撃を受け止めた。

 このままではジリ貧だ。ここで俺が倒れれば、彼女もりんも死ぬだろう。そんな事は絶対にさせない。

 俺は防御壁を張ったまま衝撃波を両斜め後ろに放った。そのまま前への推進力として突っ込み、奴を掴んで屋上の外へ飛び出した。

 奴にしがみついてすべての能力で動きを封じ、あらゆる衝撃を防御できないようにした。

「めぐる君!」

 りんが俺の名を呼んだ気がした。

 ビルの高さは十数メートル程だったが、落ちている時間がやけに長く感じる。

 そして、俺は奴と共に地面に叩きつけられて死んだ。

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輪の中を廻る いつごん @five-wards

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