Report94: 孤立無援

 そこには体中にタトゥーの入った囚人が何人も居た。

 歯の無い者、傷だらけの者、彼らは殺人、麻薬、強姦、あらゆる罪を犯してきた。暴力は日常茶飯事で、眼光は獲物に喰らい付こうとする獣のように鋭い。

 環境は非常に悪辣としており、鉄とコンクリートに囲まれた頑強な建造物の中だ。最低限の清掃のみが成され、壁の塗装は一部剥がれ落ち、床には人間の血や皮膚が貼り付いていた。不衛生な場所である。荒涼とした室内には、薄汚れたシーツと枕が散乱しているだけだった。

 看守は懲罰という名目で囚人を殴り、蹴り、時には賄賂を受け取って逃していた。お世辞にも真っ当な人間とは言えない、そういった連中の巣窟だ。

 ゾフィが幽閉されているのは、まさにその火中である。

 ここはタイの刑務所。その中でも、凶悪な犯罪者達が収監されている特別な場所だった。


「おいおい、リセッターズじゃねぇか? ケヒヒ」

「うへへへ……、まずは先輩に挨拶だろう!?」


 牢に放り込まれた後、ゾフィはすぐさま同居人とトラブルとなった。雑居房である。

 因縁をつけてきたのは、浅黒い肌に坊主頭の男と、もう一人は全身がタトゥーまみれの男だった。ゾフィと比べ、両者とも体格では互角といった所か。しかし二対一な上、周囲には下卑た笑みを浮かべた取り巻きが集まってくる。ゾフィに逃げ場はない。


「聞いてんのか、アァン?」

「……うるせぇッ!!」


 肩を掴まれた瞬間、振り向き様にゾフィが怒声を上げた。坊主頭の顔面を鷲掴みにすると、握り潰す勢いで拳に力を入れる。

 そのまま、もう一人の囚人目掛けて、頭蓋を叩き付けた。坊主頭が悲鳴を上げる。タトゥー男はそれを邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払った。


「いいぞ! もっとやれ!!」

「スーパールーキーのお出ましだァ!」


 さながら、見世物試合であった。囚人達が歓声を上げ、野次を飛ばす。タトゥー男がゾフィへと掴み掛かり、それを腕ずくで止める。取っ組み合いになった所で、ゾフィの膝蹴りが相手の鳩尾へと入った。二人を瞬殺してみせる。しかし、状況は一変した。

 取り巻きの中から一人、また一人と敵が増えていくのだ。背後から蹴られ、頭部を殴られ、ゾフィの眼鏡が吹き飛ぶ。

 そして上半身に抱きつかれ、身動きを封じられた。これを機に、大勢からなぶられ始める。

 それを、看守は冷笑しながら見ているのだった。

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