Report69: カオヤイのピー
万策が尽きて諦めた時だった。発砲音が響く。
タン、タン……数発分の音が山にこだまする。
グロック17の聞き慣れた音だった。呆気に取られていると、虎が動きを止めた。そして顔面から鮮血を噴射し、ドサリと地面に倒れる。
「ラッシュ、無事か!」
俺が混乱していると、何者かに強い光で照らされた。懐中電灯の光だ。
その向こう側から金髪の女性と、白ブチ眼鏡をかけた黒人――メガミとゾフィの姿が見えた。
「実地訓練でウルトラレアを引き当てるたぁ、流石だぜ、ラッシュ!」
銃殺された虎を尻目に、ゾフィが軽口を叩いた。銃を持っていないから、仕留めたのはメガミの方だろう。
俺は無事だ、と頷いて答える。体に力が入らなかった。腰が抜けたかもしれない。
メガミが拳銃を仕舞い、虎を一瞥する。
「あ、ああ……それよりも、ヤバイんだ。とにかく逃げよう」
「何があった? 皆心配していたぞ」
俺がそう話すと、メガミは怪訝そうな顔をしていた。
質問された俺は、言葉がまとまらず答えられなかった。
深く息を吐く。よろめいた。だが、逃げなければ……。
歩きながら話そうと提案し、周囲を警戒しつつ野営場所を目指した。
その一路で、二人に伝える。虎に追われて村を見つけた事。村の人間が俺を殺そうとしてきた事。銃も恐らく奪われた事。あと隠し部屋、血痕、人骨……等々。
「そいつは本当かよ? そもそも、この辺に村は無ぇ筈だが……」
眼鏡の位置を指で直すと、ゾフィが答えた。俄かには信じがたいのだろう。
俺自身も未だ、半分くらい夢なんじゃないかって思っていた。急に映画やゲームの世界に巻き込まれたみたいで、現実味が感じられない。
「……人喰い村、という事か」
メガミが物憂げな表情で呟く。
そういえばここへ来る前、「カオヤイにはピーが居る」と言っていた。ピーとはお化け、幽霊という意味だ。
何か知っているのだろうか。
カオヤイの幽霊、か……。
後ろを振り返れば、そこにはもう追ってくる姿は見えなかった。
これは後の話だが。俺達はその後、無事野営していた地点に戻る事が出来た。
そして大よその方角と距離から、村があった場所を割り出す。タイ警察に伝達して、後日調査隊を派遣してもらった。すると、確かに村が存在していたそうだ。
だが、住居は
じゃあ、俺が出逢った村民は何だったというのか。夢か、幻か。
ちなみに俺が泊まっていた宿、その別の部屋から被害者が一人見つかったらしい。衰弱死寸前だったようで。生きたまま足を縛られ、監禁されていた。
男の名前はタヌマと言った。
――バンコク北東部に位置する、カオヤイ国立公園。その実は山岳であり森林地帯である。
面積にして約二千平方キロメートル。麓には樹海が広がっている。
グーグルマップにより全世界が網羅された現代、衛星写真により地球の表皮全てが丸裸になった。
だが、木々に覆われて視認する事が出来ない深奥。そこには知られざる秘密の集落が存在する。
観光ガイドにも載っていない民泊があったのだ。
村民は迷い込んだ人間に優しい言葉を掛け、宿を案内する。しかしその裏では殺害する計画を練り、タイミングを虎視眈々と狙う。
一人、また一人と殺していき、身ぐるみを剥ぎ、金品に換え、死体は焼却して埋める。入り口が巧妙に隠された、人間の解体部屋まであったそうだ。
家の中からは大量の硝酸が見つかった。これは、焼却して白骨化した遺体を溶かす為のものであった。――
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