After Story: メガミの日常1

 早朝、夏にしては些か涼しい程の時間に女は起床する。

 時季ゆえに太陽は既に顔を出し、室内は柔らかな光に包まれていた。女の金髪が朝の陽射しに照らされ、光輪を纏っている。


 タイのタワーマンションが並ぶ地域。その一画にある、比較的高級な部類の一室が女の家だ。眺望はとても良く、窓からはバンコク市内が一望できる。独り暮らしにしてはやや贅沢な面持ちだろう。

 物欲が無いのか、部屋にはさして物が見当たらず、まるで《リセッターズ》の事務所のよう。住人の性格が色濃く出ていると言える。


 女は欠伸あくび一つもせずに寝床から起き上がると、着替えて早々に屋外へと繰り出した。日課のランニングである。周囲からストイックと評価されるが、自分自身ただ体を動かすのが好きなだけで、苦痛に感じた事は一度も無い。この日も普段同様、市内のコースを数十分に渡って走り抜けると、自宅へと戻った。


 シャワーを浴びて汗を流すと、半裸のまま朝食の準備に取り掛かった。やがて平らげると、掃除を簡単に済ませ、女はヤワラートにある仕事場へと向かった。時刻にして朝七時半の事である。

 普段は人で賑わうヤワラートだが、この時間は人気も疎らだ。女は事務所の鍵を開け、室内の電気を付け、入っていく。


 仕事仲間が居るのだが、彼らがここに来るまでまだ小一時間はあるだろう。

 女はノートパソコンを立ち上げると、アイスコーヒーを飲みながらメールチェックをしていった。コンビニで購入したコーヒーなのだが、その場で豆を挽いて煎れるタイプのものである。この時間、ゆったりと過ごすのが女の密かなお気に入りであった。

 暫く寛いでいると、白ブチ眼鏡の黒人や、脂ぎった巨漢がやって来た。女の仕事仲間である。始業まで猶予があるようで、彼らもまた、ソファに座ったり軽食を取ったりして過ごすのだった。

 やがて、朝九時に差し掛かろうかという頃、髭の生えた東洋人男性や、日本人の青年が入ってきた。


「……全員揃ったな。集まってもらってなんだが、今日は仕事が無い」

「そんじゃ、オフか? 丁度良い、見たい映画があるんだ」


 九時ジャスト。女が口を開いた。先程メールチェックをしたが、仕事や依頼の話は来ていなかったのだ。

 女の語り口調に、白ブチ眼鏡の黒人が嬉々として尋ねた。


「そうだな……だが、事務所を空ける訳にもいかん。ゾフィは夕方まで残ってくれ。他の者は好きにしてくれて構わない。何かあれば連絡する」

「マジか……了解」


 解散だ、と告げて女は身支度を整え始めた。ゾフィと呼ばれた黒人はガクリと肩を落とし、渋々と承諾する。そして事務机に備え付けられた椅子に腰を落とすのだった。

 他の仲間達は各々行動を開始していた。挨拶して帰る者、冷蔵庫を漁り出す者、煙草を吸い始める者など、様々だった。

 女にとって、一日オフとなるのは稀な事だ。何かしらの案件があり、何も無い時は掃除や買出しを部下に頼んでいた。しかし、それすらも十全に賄われていたのなら本当にやる事がない。

 事前に同僚達へ休日を伝えられていれば良かったのだが、当日になって依頼が発生する可能性もある。それを見逃すのは惜しいと考える性格であり、毎朝九時に集合してもらっていた。


 さてどうしたものか、と女は思案する。ショッピングに興味もなければ、趣味や娯楽といったものも特に持ち合わせていない彼女だった。

 学生時代も同性のファンが多かったような人間だ。どちらかと言うと、男性が好むような嗜好の持ち主であった。体を動かすのは好きなのだが、趣味と言って良いものか判断し兼ねる。そんな人間である。


「フフン、あそこに行くか」


 ファッションや料理など、それらは彼女にとって生きていく為の一つの手段に過ぎず、それ以上の興味はない。

 強いて言うなら、美味しい物を食べるのは好きだった。それから酒も嫌いではない。だが、たまたま出来た貴重な余暇を潰すには、勿体無いと感じられた。

 そう考えた結果、女は射撃訓練場へと向かった。

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