Report41: 再び

 それから一週間が経ったある日。数日続いていた雨も止み、久方ぶりの快晴がタイの空を覆っていた時の事だ。

 宿のベッドに転がり、何をする訳でもなく放埓な一日を過ごしていた所、電話が鳴った。

 誰からだろうと画面を確認したが、知らない番号だった。電話をするのも億劫で無視しようかと考えたが、暇潰しも丁度良い、と出てみる事にした。


 はい、もしもし……と尋ねる。すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 俺は喜色を浮かべ、ヤワラートの例の事務所へと向かった。


「ようこそ、ラッシュ。皆集まってるぜ?」

「フン……」


 扉を開けてみると、知った顔の面々が出迎えてくれた。窓は塞がれており、テーブルや家電も新調されている。

 俺が驚き固まっていると、ゾフィが中へと招き入れてくれた。横に居たロジーは面白くない、といった様子でタバコを吹かしている。額に巻いた包帯が痛々しかった。

 しかし、どこか愉快そうにも見えた。


「《リセッターズ》は解散したって……?」

「あれは嘘だ。そうして《ルンギンナーム》の目を欺く事で、裏では奴らを血祭りに上げる算段を整えていたのだ」


 俺の疑問を解いたのはメガミだ。相変わらず、“タイの寺院”のように眩い金髪で、手足はスラリと長い。元気だったか、と俺に問いかけてきた。俺はそれをぶっきら棒に首肯する。


 血祭り、か。さらっと今、恐ろしい事を言ったな、この人は。

 どうやら《リセッターズ》は解散していなかったらしい。虎視眈々と反撃の機会を窺っていたのだろう。

 敵を欺くにはまず味方から、って事なのか。その実は、あの民間軍事会社、もとい、テロリスト集団である《ルンギンナーム》を打破する準備を進めていたようだ。


「さて、下拵えは充分だ。全員揃ったようだし……、カメコウ」

「はい~」


 呼ばれたカメコウがノートパソコンを立ち上げ、ぴかぴかのローテーブルに置いた。

 事務所を爆破された時は心配したが、今ではカメコウも元気そうである。


 まず、現状の説明から入った。

 スパホテルの女社長の死亡事件からカウィンによる杜撰な銀行強盗発生。それから軍事会社ブラックドッグ襲撃、それに伴う、支社長家族の乗っている航空機の爆破。

 高齢者連続殺人事件が発生し、犯人と思しきサーマートの追跡を行う。その直後、《リセッターズ》事務所の爆破。ワットプラケオでエンゲージ、謎のナイフ男まで出現し、ジャベリン、スティンガーを撃ち込まれ、壊滅的な被害を受けた……。


「“スティンガー”って、何だ?」

「ん? ヘリに撃ち込まれた地対空ミサイルの事だ。……奴ら、“ジャベリン”だけじゃねぇ、色々とオモチャを持っているみたいだぜ」


 俺が質問すると、ゾフィが答えた。そして、話は続いていく。


「ナイフ男の素性を調べたか?」

「デュ……タイ警察が情報提供してくれたよ。本名はリクセン・エバーローズ。不動産、ホテル、それから旅行事業なんかをやってるエバーローズ財閥のトップのようだね」

「そいつが、軍事会社ルンギンナームと裏で繋がっていた……という訳か」


 メガミは眉に皺を寄せた。

 そうだ。ワットプラケオで戦った兵士の中に、幅広のナイフを持ったヤバそうな男が居た。なんとなく品の良さそうな雰囲気があるんだが、頭の中はイカれているような……そんな印象だった。

 どうやら、かなりのお偉いさんらしい。


 カメコウの説明に、ゾフィが「超大物じゃねぇかよ」と揶揄を入れる。

 財閥のトップって事は、相当な金持ちだろう。それならば、あれだけの銃火器を用意できるのも得心が行くというものだ。


「それから、デュ……タイの政治家をリストアップしてみたんだ。そうしたらさ、枢密院の十八名の中に、リクセンの名前があったよ」

「決まりだ。一連の事件、黒幕はコイツで間違いない」


 カメコウが報告すると、メガミがそう断言した。

 一連の事件には黒幕が居り、タイの政治家である可能性があった。国家転覆を目論む、思想犯。確かメガミに言われて、カメコウが洗っていたんだっけ。

 尚、サーマートは政治家ではないようだし、そうなると……十中八九コイツで間違いない。

 政界の人間って事は、カウィンを消しかけて国務大臣を失脚させようとしたのも辻褄が合う。やはり、裏で糸を引いていた人間が居た。そしてそれはコイツなのだ。

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