Report38: 撤退
「ラッシュ、お前の足の速さ、信じてるぜ?」
そう不敵に笑うと、ゾフィはサーマート目掛けてM16を乱射する。それをかわしつつ、所持していた拳銃で応戦するサーマート。
銃声が堂内に反響した。背後から忍び寄るナイフ男を牽制すべく、ラッシュも不慣れな銃撃を開始するのだった。
ラッシュの腕が悪いわけではない。だが、発射された銃弾はナイフ男には全く当たらない。ラッシュは自らの技量の差を痛感した様子で、ここでは分が悪い、と堂内から外へ出た。
ゾフィとサーマートも互いに撃ち合いながら、屋外へと戦場を移していく。
「チッ、増援かよ!」
寺院内部の何処かに隠れていたのか、《ルンギンナーム》の増援が続々と集まりつつあった。その数、約十人。
ゾフィは舌打ちし、弾丸をかわしながら一人ずつ仕留めていく。ラッシュは敵の射線上に入らぬよう、身を低くして走り、像の陰へと身を潜めた。
「この国を正すのだ……!」
ナイフ男はゾフィを後回しと考えているのか、ラッシュを執拗に狙っていった。冷静に、だが目だけは爛々と不気味に輝かせながら、彼は話を続ける。
「いつの世も、迷惑をかけるのは老人だ。彼らを生かしておいて何になる? 人々の流れを乱し、金を貪り、醜く生き長らえることで誰かに迷惑をかけ続ける……使用期限の過ぎたガラクタと同じだ。彼らを葬り去る事で、この国を安定させる。それが俺の役目だ」
「聞いてない事をベラベラと……俺の相手は楽勝って事か」
ラッシュは冷笑してみせた。タイに来てから何度か死線を潜り抜けた事もあり、精神的な余裕はラッシュにもあるようである。
しかし、勝てる程の生ぬるい相手ではないと分かっているのだろう。決して楽観視はしていないようだ。
そこに、肩で息をしたゾフィが合流する。流石は元軍人といった所か、短い時間で敵の大半を殲滅してみせた。
「ホテルの女社長殺害や飛行機爆破もテメェの筋書きってことか!」
「ほう……? そこまで調べたか。いかにも、悪党共に武器を売り捌く、犯罪の温床になるホテル会社を潰し、貧富の差を生み出す金持ち共を殺した」
「武器だぁ? ……あの女社長、ヤクだけじゃなく武器も流してたのか」
互いに攻防を繰り返しながらゾフィが吼える。すると、ナイフ男は冷静に語った。
「間引く事は必要だ。生きている必要性の薄い人間は消えた方が、この世の中は綺麗になる」
「そう簡単に綺麗にならねぇから皆、頑張ってんだろうが! 悪い所しか見えてねぇ。自分勝手な事を言ってんじゃねぇよ!」
先程からゾフィはアサルトライフルを乱射しているのだが、ナイフ男には殆ど当たっていなかった。
まるで踊るかのような、奇妙な体捌きでかわされてしまうのだ。
「当たらねぇ! 奴は最後だ。サーマートの野郎を殺るぞ。援護してくれ!」
ゾフィはラッシュにそう告げると、回れ右をしてサーマートへと標的を切り替えた。ナイフ男よりも先に始末するつもりである。
ラッシュは援護射撃をして、ゾフィをサーマートの下へと行かせた。
サーマートは目下、こちらへ向かってくる最中であり、遂にはゾフィと激突する。
最初は互いに銃を撃ち合っていたのだが、ゾフィの弾が切れた。そこで彼は一旦物陰に潜む。
マガジンを交換しようとするのだが、その隙にサーマートが接近して飛び掛かってきた。
ゾフィは、自らに向けられた銃口を足で蹴り飛ばした。そして、怯んだサーマートをライフルの銃身で殴りつける。蹌踉めくサーマート。しかし彼もまた、持っていた拳銃を垂直に振り下ろす。
ゾフィの脳天をカチ割るかと思いきや、すんでの所で腕によるガードを行うゾフィ。そうして今度は、ゾフィがサーマートへとタックルを喰らわせ、馬乗りになった。
ラッシュはその様子を窺いつつ、ナイフ男を牽制する。このまま事が進めば、サーマートは戦闘不能になるだろう。
しかし、《ルンギンナーム》の残存兵が何やら物々しい銃火器を運んできていた。二人掛りで運んできたそれをゾフィは視認すると、馬乗り状態のままラッシュへと声を張り上げる。
「逃げろォ! “ジャベリン”だ!!」
ゾフィが大声で怒鳴っている。だが、ラッシュは何の事だか分からない、といった有様であった。それもその筈、ジャべリンとは何か、理解していなかった。訝しげにゾフィを見やるのだが、敵兵が運んできた筒状の何かがこちらを向いているのだと悟ると、いよいよ彼の頭に警鐘が鳴り響いたようだ。
「ファイア!」という掛け声と共に、筒状の物体は後方に閃光を迸らせ、何かを高速で放出する。発射されたそれはラッシュ目掛けて飛翔を開始。そして中空で瞬時に加速すると、疾風迅雷の勢いで襲い掛かった。
地面に着弾し、爆炎が上がり、灰色の爆風でラッシュが吹き飛ばされる。彼が回避行動を取って走り始めてから、僅か一秒足らずの事だった。彼は植木に突っ込んで錐もみ状態となり、地面を転がった。
「……ゲホ! ガハッ……生きてる……俺、まだ生きてるのか?」
発射されたのは対戦車ミサイルだ。ラッシュの敏捷性がなければ、彼は今頃死んでいただろう。
仰向けになったラッシュは眩暈を感じているのか、直には立ち上がれないようである。
「ラッシュゥ! チッ、こいつぁマジでやべーぜ!」
そこに慌ててゾフィが駆け付けた。サーマートを力で捻じ伏せ、倒したようである。
動けないラッシュを抱きかかえると、ナイフ男と残存兵を交互に見やる。次の弾が装填されるまで、早くてあと十数秒ぐらいだろうか。それまでに逃げなければ、二人の命は無い。
「野郎! どこにそんな金が……!」
「ゾフィか……、恐らく、女社長の集めたクスリを売り払ったんだ……」
今し方のダメージで目をやられているのだろう。ラッシュには、ゾフィの事が見えていないようである。
対戦車ミサイルは日本円に換算すると、一発で数百万円はする兵器だ。ゾフィが気にしているのはその事である。ラッシュの推測に相槌を打つと、ワットプラケオからの脱出を試みる。
ゾフィ達が使用しているアサルトライフルや拳銃と比較して、《ルンギンナーム》の所持している武器の威力が違い過ぎた。問題は火力だけの話ではない。ミサイルにはロックオンや自動追尾など、あらゆる機能が備わっており、《リセッターズ》の装備では相手にならない。そう判断したからこそ、彼らは撤退するのだ。
ゾフィはラッシュに肩を貸すと、銃で牽制しながらも後退を開始した。
「私から逃げられると本気で思っているのか……随分とめでたい連中のようだ」
ナイフ男はポケットから電話を取り出し、何やら新たな道具を手配させているようだった。
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