Report37: 暗躍する者
◇◇◇
事務所を出たラッシュとゾフィは、トゥクトゥクに乗り込み現地へと向かった。
ワットプラケオまで、そう遠くはない。ラッシュが宿泊している、カオサン通りからは目と鼻の先である。
黄金に輝く王宮が印象的で、壮麗な建造物群や装飾は、タイ伝統の建築様式と言えるだろう。
風情があり、夜間はライトアップされる為、現下眩い光を放っている。
「おかしい。門番が居ねぇ」
観光地であるが、夜間は閉館している。中の様子を窺ったゾフィが疑問を口にした。
入口は開け放たれている。通常ならば、銃を構えた兵士が配備されている筈であった。
「あちらも少数精鋭って事かな?」
「ああ、団体さんが待ち構えている様子は無さそうだ」
口々に意見を言い合う二人。植物の陰に身を潜めていたのだが、敵が正門に居ないと悟ると、足早にワットプラケオ内部へ侵入していく。
仏塔は照明によって、まるで金色に燃えるかのように輝いていた。樹木ですらイルミネーションが施されている為、日没後ですら内部は妙に明るい。
幻想的な風景を見やりながら、ラッシュとゾフィは壁伝いに進行してゆく。
ラッシュ達を殺すタイミングがあったにも関わらず、敵はそうしなかった。わざわざ回りくどいやり方を好み、寺院に招き入れた。
そういった点から鑑みて、敵は恐らく思想犯なのだ、と《リセッターズ》の誰もが考えているだろう。
ワットプラケオの敷地は広い。しかし、迷わず二人は本堂を目指しているようだった。それはきっと、歪んだ思想に基づいて行動するテロリストなら、そこで待ち構えているに違いない、という論拠があったからだろう。
かくして本堂に辿り着いたラッシュとゾフィ。日中であれば、エメラルドの意匠が見えたのだろうが、夜闇のせいで今はくすんでしまっている。
燦然と輝く翡翠の仏陀像の前で、何者かが仁王立ちしていた。頬にはキズがあり、二人にはサーマートその人なのだと知れた。
「まさか本当に来て下さるとは、律儀なんですね」
「プレゼントを貰ったら、返すってのが礼儀だろう?」
サーマートは鷹揚と、歩を進めてくる。それに対し、凶暴そうな笑みを浮かべて、ゾフィも前進していく。
敵は一人だけなのだろうか。どこか不自然さ、奇怪さを感じながらも、ラッシュはその後を着いていくようだった。
サーマートは、ラッシュが以前クロントイで彼と出会った時と違い、軍服を着ていた。動きやすさを重視しているのだろう。かなりの軽装であった。
「目障りなんですよね、我々の邪魔ばかりして。逃げずにここへ来た事は賞賛に値しますが、死んで貰いましょう」
『そうだ、ここで死ぬのが貴様らには相応しい』
歪んだ正義を滾らせるサーマート。彼の台詞に乗じて、素知らぬ誰かが同調を示した。
何かを感じ取ったのだろうか。ラッシュは咄嗟に身を伏せた。刹那、ひゅるりと空気を切り裂く音が聞こえ、光を反射した刀身が彼の頭上を通過していった。
ラッシュが「ゾフィ!」と呼び掛ける。ゾフィは振り返り、その男を見やった。
「……気をつけろ、ラッシュ。只者じゃねぇ」
「誰だ、こいつは……?」
正面からサーマート。背後から何者かが現れた。そいつは幅広のナイフのような物を持っており、サーマート同様、軍人然とした戦闘服に身を包んでいた。身体はよく絞られている。口髭を生やし、何処となく高貴そうな雰囲気もあった。
ラッシュとゾフィは挟まれてしまったようである。ゾフィは歯噛みし、新手を睨みつけた。
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