Report22: 前兆
◇◇◇
「ラッシュ、ゾフィ、買い物は済んだか」
俺とゾフィが事務所に戻ると、メガミが渋面で待っていた。声色はやや低い。
「まぁ、一応な……」
途中、チンピラと一悶着あった事をゾフィは言わないつもりらしい。鼻を鳴らして答えた。
あの後、小一時間程ぶらついてから帰ろうとしたのだが、メガミから電話があった。至急戻れ、との命令である。
それで、久々のオフであったが、早々に帰路に着いたというわけだ。
俺は買ってきた荷物を下ろしながら、会話を聞いていた。
「護衛の依頼が入った。依頼主は……軍事会社の支社長だ」
メガミ曰く、数時間前に事件が起きた。内容は民間軍事会社、《ブラックドッグ》のタイ支社が襲撃され、半壊するというものだ。
死傷者は多数。監視カメラの映像によれば、殆どがアサルトライフルによる奇襲攻撃だったそうだ。
《ブラックドッグ》って。……あの爽やかイケメン、ペイズリーの居る会社じゃないか。
数時間前ってことは、俺たちがペイズリーと出会うよりも前だ。という事は、あの青年は無事なのだろう。
「ちょっと待って下さい。軍事会社って事は、戦闘員ですよね? それが一方的にやられたんですか?」
「……そのようだ。相当な手練れと思われる」
俺が疑問を投げかけると、メガミが憮然とした面持ちで答えた。
説明によれば、殺害された者の中には、深い刺し傷のようなものもあったそうだ。カメラは途中で破壊されたようで、真相は闇の中……。しかし、銃撃による奇襲を逃れた人間を、刃物で殺していった可能性が高い。
「映像は無いのか?」
「タイ警察と連携して、動画は貰ってある筈だ。……カメコウ、どうなっている」
「は~い、今画面に出すよ~……グプッ!」
ロジーが問うと、メガミがカメコウに確認した。カメコウはパソコンを稼動させて、動画ファイルを開いてみせる。
動画は数秒の、短い映像だった。覆面をした数名が突如として現れ、銃撃。悲鳴や、窓ガラスの割れる鋭い音が響き渡っている。
しかしすぐに監視カメラを銃器で破壊していて、映像は途絶えている。何が起きたかを把握するのは難しい。手掛かりも少ない。
「……こいつは……AKライフルじゃねぇか?」
「だろうな……」
映像を見ていたゾフィが眉根を顰め、メガミが頷いた。
俺が尋ねると、AKシリーズと呼ばれる著名なアサルトライフルがある。その事だ、とメガミが教えてくれた。
「アメリカとかで使われているのは、俺らと同じM16だ。こいつは、テロリストなんかが好んで使う代物だぜ」
流石に元軍人なだけあって、ゾフィは詳しい。
彼は画面を見据えたまま、話を続けてゆく。
「昔よォ、中東やアフリカで戦争があった時に、この辺の地域に大量にばら撒かれたんだ。今じゃあ、AKライフルは大量破壊兵器の象徴みたいなもんさ」
「ふむ……という事は、だ。この動画の犯人達は、現地の人間もしくは組織という可能性が高いな」
横で見ていたロジーも会話に加わる。
確かにロジーの言う通りだ。もしゾフィの言っている通りなら、敵はこのあたりの地域に住まう奴等である可能性が高い。そして……アメリカの軍事会社を相手に、殲滅させる程の力を有している。
「……7.62ミリは威力が高ぇ。奴等と出くわさない事を祈ろうぜ」
ゾフィが力投げに呟く。それだけ厄介な相手の可能性がある、という事なのだろう。
「それで、我々が疑われている、という訳ではないのだろう? メガミよ」
「フフン、その方がまだ良かったんだがな……」
自嘲気味にメガミは笑った。
曰く、今回の依頼は《ブラックドッグ》のタイ支社長の家族を俺達が護衛することらしい。
支社長は無事だったのだが、自分の家族をアメリカに帰らせるようだ。恐らくほとぼりが冷めるまで避難させる、って寸法だろう。
飛行機は今から数時間後に、スワンナプーム空港を離陸するようである。俺達は支社長家族が飛行機に搭乗するまでの間、護衛すれば良いというわけだ。
「空港のフロアマップはこれだ。頭に叩き込んでおけ!」
メガミの号で、一旦解散となった。
俺とゾフィはスワンナプーム空港に先行。メガミとロジーは指定されたポイントへ向かい、支社長の家族と合流するようだ。カメコウは事務所で待機し、何かあれば知らせろ、との命令であった。
「ラッシュ、
「……タイの軍事会社か、もしくは犯罪者か?」
何かを考えたまま、ゾフィが俺に問いかける。アメリカの軍事会社が消えれば、ライバルであるタイの軍事会社、即ち《ルンギンナーム》は好都合かもしれない。
同様に、犯罪者にとっても、自分達の脅威が減るため都合は良いと思われる。
「もしかしたら、その両方かもしれんぞ」
そう推察するメガミは、装備を整え、目に鋭さを宿らせていた。護衛任務ではあるが……この様子だと戦闘になるのかもしれない。
何が目的で凶行に及んだのか。それは分からないが、テロリストというものは何かの思想の下に動く。民間軍事会社という強大な目標に噛み付く事には、相応のリスクが生じる。
わざわざそんな危険を冒すってことは、相手も準備が出来ているって事なのだろう。
まったく、今しがた買った、シンハーでも飲みたい気分だ……。
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