Report21: 民間軍事会社
「そこまでだ、ギガスラッシュ!!」
「――おごッ!?」
俺が目を瞑った僅かな間、野次馬の一人が俊敏な動きで割って入ってきた。ミリタリージャケットを着用した男で、チンピラBに手刀を喰らわせたのだ。
思い切り振り下ろされたそれは、標的の首に直撃。チンピラBの持っていたバタフライナイフがカラン、と落下する。
たかが手刀であるが、地面に突っ伏させるには充分な威力があったようで、そいつはピクリともしなくなった。
「てめぇ、何しやがる! おい。やっちま……ぞ……?」
突如現れた軍服姿のその男は、その場でくるりと一回転して、後ろ回し蹴りをチンピラAに放った。相手の顔を掠めるように放たれた蹴りは、チンピラの顎を揺らし、何が起きたのかも分からずにソイツは膝から崩れ落ちた。
どうやら意識を失ったようである。
「兄貴ッ!? ……す、すいませんっしたァ!! 許してくだ……え!?」
二人がやられたのを見て怯んだチンピラCが、後退して軍服男から距離を取ろうとする。それを逃さなかったのは、我らがインテリメガネだ。
「やめて! うわぁぁッ! くぁwせdrftgyふじこlp!!」
後ろで待ち構えていたゾフィは、そいつの体を持ち上げて、ブン投げた。
宙を舞うチンピラCは、そのまま飲食店のテラス席に落下し、円卓を盛大にかち割って動かなくなってしまった。
「へへッ、邪魔が入っちまったぜ……おいラッシュ、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
ゾフィは車椅子の少女をチラリと見やると、軍服の男に視線を移した。
ミリタリーのジャケットに、下はワークパンツ。短めの黒髪で、やや色黒である。中肉中背だが、絞られている。恐らく軍人だ。
また、爽やかなイケメンだった。どことなく犬っぽい。
推測だが、タイの軍人ではない。タイ王国軍は俺が知る限り、緑色や迷彩柄の軍服を身に纏っており、帽子も被っていた筈だ。しかし彼は違う。それに装備も異なっていた。
ギガスラッシュ、とか叫んでいたが……必殺技なのか、俺の知らないタイ語なのかは分からない。
「おう、アンタ、イイ腕してんな。どっかの傭兵か?」
「ありがとう、オレは軍事会社の人間だ!」
ゾフィはニヤリと笑って手を差し出した。軍服男はそれを握って、互いに握手を交わす。
間近で見ると、そいつはかなり若かった。
「俺はゾフィ。助かったぜ。……どっちの会社なんだ?」
「ペイズリーだ! ん、オレは《ブラックドッグ》だよ!」
ペイズリーと名乗ったイケメンは、ゾフィと拳を突き合わせると、俺の方にもやって来た。そして同様にゴツン、と打ち合わせる。ラッシュです、と挨拶しておいた。
「あれ? もしかして日本の人!? オレ、日本のゲームが大好きなんだよ! スイッチ持ってるよ!」
「ああ、そうなんだ……? 確かに俺は日本出身だけど。助かったよ、ありがとう」
ペイズリーはそう熱く語ってみせた。どうやら日本のゲームがかなり好きらしい。
それで、か……。ギガスラッシュとか叫んでいたのは。影響を受けやすい性質なのかもしれない。
軍隊や自衛隊の他に、民間の軍事会社というものがある。武力を持つ事を忌避した日本だが、海外では軍事的な組織も少なくない。
それだけ事件や、武力が必要になるシーンが増加しているのだ。
ここ、タイでは民間軍事会社が二つあり、アメリカに本部を置く《ブラックドッグ》と、タイの新興会社の《ルンギンナーム》が鎬を削り合っている。
即ち、ペイズリーは《ブラックドッグ》のタイ支社に所属しているという事だ。
「大丈夫だった?」
俺は屈んで、車椅子の少女に尋ねた。ケガは無いようだ。
「あ、はい……大丈夫です。ありがとうございます……。あ、あの……」
歳の割には受け答えがしっかりしている、と感心させられる。
しかし、少女は落ち着かない様子で、何かを言い淀んでいた。
「お父さんが……悪い事をしているかもしれないの」
そう続けた少女の唇は微かに震えているようだった。
無理もない。悪漢に追われ、目の前で乱闘まであったんだ。だが言っている事がよく分からない。
お父さんが悪い事をしている、とは?
「えっと、お父さんはそこで伸びている男の人達と関係あったりするのかな?」
俺はそう言って、白目を剥いて倒れている男を指差した。
もしかしたらお父さんをぶっ飛ばしている可能性もあったからだ。そうでなくとも、父親の関係者である可能性は否めない。
だとしたら、少女には悪い事をしてしまったかもしれない。
「私が前を見ていなかったから、その人にぶつかっちゃったの。お父さんは家に居る……」
ブンブン、と首を横に振って答える少女。どうやら違うらしい。そこで倒れている男達は、本当にただのチンピラだったようだ。
「私、家に居るのが怖くて……」
「迷子ですかね……。ラッシュさん、後はオレに任せてください! 買い物の途中なんでしょう?」
再び閉口し、俯いてしまう少女。すると、脇で見ていたペイズリーが俺の抱えていた荷物を見て、提案した。
軍事会社の人間が彷徨いていたって事は、もしかしたら既に、誰かが通報していたのかもしれないな。
ならば、直に警察も来るだろう。俺は手を出してないけど、ゾフィは一人ブン投げて怪我を負わせているし、店のテーブルを破壊しているから、都合が悪い。
「ラッシュ、帰るぞ。警察が来ると面倒だ」
少女は気になるけど、ここはペイズリーに任せたほうが良さそうだ。《リセッターズ》は犯罪者集団……とは言いたくないが、色々と法に抵触しているから。
案外、その辺の事情を察して、このイケメンは場を引き受けると言ってくれたのかもしれない。
◇◇◇
車椅子の少女は誰かに助けを求めていた。そして、家を出て、あの場所へ辿り着いた。
誰かに聞いて欲しかった。きっと、このままでは大変な事が起きてしまうから。
偶然会った、ラッシュと呼ばれる男に打ち明けようと考えたが、どう説明したらよいか、分からなかった。
結果、その感情を胸のうちに仕舞い込んでしまう。
ペイズリーという青年に連れられ、少女が帰った先は豪邸である。大きな庭園があり、手入れの行き届いた庭木が植えられていた。
正門でペイズリーは帰ってしまい、少女はまた独りぼっちになってしまう。自分の家だというのに、心細さを感じているように思えた。
「キャロル……! また何処かへ行っていたのか。あまりウロウロしてはいけないよ」
「お父さん、ごめんなさい……」
庭の一角には開けた場所があり、武術や格闘の訓練、稽古が出来るようになっている。今まさにその日課を終えたのか、父と思しき男がやって来て、少女を叱った。
男がやっていたのはクラビー・クラボーンという武術で、古来からタイに伝わるものであった。
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