第34話 夢のまた夢
「歩呂良くーん、歩呂良くーん! 」
うっすらとだが、誰かに呼ばれているのが分かる。
まだ、覚醒していない脳で判断するのは難しく、その声の主が誰なのかまでは分からなかった。
「歩呂良くん! 」
鼓膜が破れそうなくらい、耳元で呼ばれた気がして、俺は、その声に反応しベットから飛ぶように起き……たと思ったら、額にものすごい衝撃が走った。
「痛ってぇ……」
「いったぁ……」
目を開くとそこには、俺と同じように額を抑え悶えている彩史さんがいた。
「てか、なんでこんな所にいるの」
「なかなか起きないので耳元で呼んでみました」
「えぇ……」
見ると、彩史さんは俺の腹の辺りで、いわゆる女の子座りをしていた。
「も、もう起きたからそろそろ退いてくれ」
「あー、忘れてました。すいません」
「えぇ……」
よいしょ、とベッドから立ち上がった彩史さんは俺の顔を覗きこんできた。
「大丈夫でしたか? 」
心配するように聞いてきた彩史さんだったが、俺はその違和感に気づいていた。
だって、全くと言っていいほど、彼女の重さは感じられなかったのだから。
このことに彩史さんが気づいているのかは分からなかったが、なんとなく気づいては――言ってはいけない事だと思った。
だから俺は――
「平気、平気、全然重くなかったから」
と。
彩史さんは、そうですかとだけ言うと、首を傾げて
「そっちじゃなくて、いや、そっちもあるんですけど……寝ている時の話です」
「寝ている時? 」
「はい。魘されてましたよ」
どうやら、自分の重さの事には気づいていないらしい。
それと気になるのが、もう一つ。
今教えてもらった、魘されていたと言う事だ。
確か、今日の夢は――。
誰かが自殺する夢だ。
今日は、はっきり、鮮明に思い出せた。
窓から見えた、あの光景。
それに、現実か夢かも分からなかったせいなのか、細かい事まで忘れる事はなかった。
「夢……を見たんだ」
俺は、窓の外を見ながら、あの夢を、記憶を辿るように言った。
「夢……ですか」
俺の声に反応したのは花優だったが、花優も俺の魘されていた様子を見ていたのか、いつもより声のトーンが低かった。
「そう」
「どんな夢だったんですか? 」
「……知らない人がこの病院の上から、飛び降り自殺を図った夢だ」
返事はなかった。
ただただ、この場から逃げたくなるような空気だけがこの場所を、俺たちを、包んだ。
「……始まりました」
だが、その空気を押しのけるように彩史さんがポツリと言った。
俺や花優にではなく、あたかもこの場所に、他の誰かに向けるように――
「そ、そういえば今日、悲羅義はまだ来てないのかー? 」
「彼はもう来ません」
強い口調で彩史さんが言い放った。
こんな彼女を見たのは初めてで、内心かなり驚いたけど、それよりも気になった事がある。
俺が夢の話をしてから、彩史さんの様子が変? というか、全身から力が抜けているのか、全く動く事の出来ないロボットのように見える。
けれど、はっきり言って、今の彼女は不気味だった。
「えっと、何が始まったの? 」
今の彼女に話かけるのは、なんだか恐ろしくて、冷や汗が流れてくるほどだった。
彼女は、誰かに操られているかのように、体をこちらに向け、俺の方に向かって歩いてきた。
俺は、なんとなく守りの体勢を取り、身構えたが、彼女はそんな様子を気にする事はなく、俺の方へ手を伸ばし――
「どうか、これを……」
彩史さんは現在は俺が使用している棚から一冊の本を目の前に突き出した。
それを受け取るが、あまりの軽さにビックリした。見た目だけだと、かなりのページ数あると思ったのだが、そうでもないらしい。
題名は――
「これ、題名無いの? 」
彩史さんは何も答えない。
そんな様子を見ると、答えてくれそうにはなかったので、自分で探して見ることにしたのだが、どこを探しても題名らしい文字はなく、本の表紙自体、子供の落書きのように塗りつぶされた真っ黒な色だけ。
取り敢えず開いてみないと何も分からない状態の本。
それから俺の夢の話。
そして、俺の夢の内容を聞いた彩史さんの様子。
全てがこの本の中に入っている――
そんな気がした。
だから、俺は一ページ目をゆっくり、慎重に開いた。
「え? これって……」
一ページ目にあったのは弱々しい字で書かれた、作者の文字と、それを示す作者の名前。
『作者 ・ 有馬 花優』
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