第15話 この生活
花優の母親が出てから俺はしばらくドアを見ながらボーッとしていた。
…今頃になって自分が初対面の人の前で泣いてしまったことが恥ずかしくなって涙で少し赤くなっている顔がさらに赤くなっていくのが分かる。
俺は右手で目を擦る。
「歩呂良くん…大丈夫ですか?」沈黙を破ったのは花優だった。
俺と花優のベットの距離は少し遠い所にあるので花優は箱ティッシュを掴んで「ティッシュ使ったら?」と合図してくる。
俺はこくんと頷いてティッシュを使って鼻をかむ。
「なんか……お母さんが悪いことしたみたいでごめんね。」俺が鼻をかんだのを確かめてから花優は頭を下げながら謝る。
「全然いいよ。むしろあの人は俺に正しいことを教えてくれた。」そうだ。
あの人は俺が生きているのは『運命によって決まっている。』そういった。
だから俺が死ねなかったのもこの病院にいるのも花優と出会ったのも…………そういえばあの人最後に「花優をよろしくね」とか何とか言ってたけど……
(よろしくって何!?それとも外に連れていくのをよろしくねって事なのか!?全然分からないんだけど!?)
俺は顎に手を置き静かに考えていたが頭の中は昼休み中の小学生くらいにうるさかった。
「歩呂良くんが泣いてるの初めて見ました……なんか可愛かったです…」口に手を当てながら笑うのを隠しながらそう言ってくる。
可愛い……そんなことを初めて言われた。
「やっぱりお前ちょっと変わってるよなー。俺が可愛いとか……この世の中の人、全員可愛いじゃん。」
俺は告白なんてされたことないし好きな人もできたことがない。そんな顔のやつが可愛いだなんてどうかしてる……
「いや、可愛いですよ……もう泣いてる歩呂良くんは美女でした」クスクスと笑いながらふざけてそう言ってくる。
「俺は女じゃないわ!美しくもないけど!」とツッコミを入れる。
さっきまであんなに暗い話をしていたのにまるでさっきのことがなかったかのように二人で笑った。
……それから少しの時間が経って、すでに太陽に見えなくなりそうな時間になって俺たちは食事の時間になった。
今日は魚がメインの料理で質素なご飯にも慣れつつあった。
そんな時……「歩呂良くん……今日もおいしいね」「そうだな、いつもと変わらずおいしいな」俺たちは互いの方を見ずに正面を見ながら会話をした。
「ねえ、今は『死にたい』って思ってる?」
突然そんなことを言われた。
俺は「え?」と言って箸を止め花優の方を見た。花優は質問の答えを待っているようでこちらを向いてはいなかった。
……少し考える。
俺は今『死にたい』と思っているのか…それとも『生きたい』と思っているのか。
正直に言えば最近になってから死にたいと考えることがなくなった。
でも、生きたいと考えることはここに来てからもあんまり考えてなかった。
いや、考えたくなかったのかもしれない。
少なくとも俺はこの時を…この生活を…楽しいと思ってる。
体を上手く動かせることもできなければ家に帰ることもできなくて……店に行くことやゲームをすることだってできないこの生活が。
花優と会話をしてたまにテレビを見たりするこの生活が何よりも楽しいと思えていた。
でも、花優の質問にはどうやって答えればいいのか分からなかった。だから俺は……
「死にたくないし、生きていたくもない。そんな曖昧な答えしか今は出せないがそれでいいか?」
今はそんな答えしか出せなかった。
「そうですか……歩呂良くんの口から『死にたくない』って言葉が出てよかったです」
箸で魚を掴んでそう言ってそれから俺たちは静かに夕ご飯を食べた。
それから……特に話すこともなく10時近くになった。俺たちはカーテンを閉めて……パソコンくらいの大きさのテレビを見てその日が終わるのを待っていた。「そろそろ寝るか。」俺はリモコンを使ってテレビの電源を切り、近くにある電気を消して目をつぶる。さっきまで音がしていた空間に突然音がなくなりとても寂しくなる。
その日はすぐに眠ることができた…………
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