日本の成れの果て
とうか
第1話
目を覚ますと、視界は白一色に染まっていた。
僕はどうやらベッドに寝ているようだ。体が重い。
それにしても、どこだ……ここは……?
重たい体を起こし、辺りを見渡す。
白、白、白一色。窓もない白い部屋。僕は白い服を着て白いベッドに座っている。
腕に、針が刺さっている。そこから延びる管。それを辿ると赤い物体が目に入る。
それは、白一色のこの空間には、どうしようもなく合わないはずなのに、そこにあるのが当然かのように不自然なまでに溶け込んでいた。
どうやら、輸血パックのようだ。
色を失ったこの空間にある赤いそれはなんとなく、僕に安心感を与えた。
この状況を見るに、僕は病院のような施設で保護されていると考えて良いだろうか。
しかしこの場所はどこなんだ? 病院なのか? ここに来る前、僕は何をしていた……?
確か、僕は病院にいたはずだ。なぜだったかは、思い出せない。病院の先生に囲まれて……よく、検査を、受けていた……?
「──ッ!」
突然頭に痛みが走る。記憶を遡るのを邪魔するように、頭痛がする。
痛い……! 頭が割れそうだ……!
記憶を思い出そうとしたのが原因だろうか。
一度思い出そうとするのをやめる。すると、徐々に頭痛は引いていった。
ふぅ……。痛みが引いたことに安堵する。しかし肝心の記憶は曖昧で途切れ途切れ。まるで記憶にもやでもかかっているように。
あんなに痛いのはもうごめんだ。間違いなく今までで一番の痛みだった。
しかし、それではここがどこなのか分からない。
どうしたものか……。
「あ!」
突然部屋中に声が響く。
驚いて声の方向に目を向けると、やたらと豪華な服を着た若い女性がいた。女性は驚いたような表情を浮かべている。どうやら彼女の声だったようだ。
女性は整った顔に一転、嬉しそうな笑顔を浮かべ、こちらに近づいて来る。
「お目覚めになられたのですね」
鈴の音のような高くて美しい声が響く。
「初めまして。突然このような場所でお目覚めになられて、さぞ困惑されているでしょう」
女性は続け、上品な仕草で腰を折る。
「まずは自己紹介から。私はラ・ラ・ランド王国第二十八代国王が娘、ドドド・ラ・ラ・ランドと申します」
なるほど。確かにそれは王族や貴族の所作であった。そして、僕はそのラ・ラ・ランド王国に保護されたようだ。
それはいい。それはいいのだが……。
どこだよ! ラ・ラ・ランド王国って! なんだよドドド・ラ・ラ・ランドって! そんなふざけた名前あってたまるか!
そうツッコミたくてたまらなかった。
が、僕はそれを何とか飲み込んで笑顔をつくる。しっかり笑顔になっていたかは分からないが。
「は、初めまして。えっと、ドドド姫……? えっとじゃあ、僕も自己紹介を。僕の名前は、名前、は……」
あれ? 名前が、思い出せない。これももやがかかったように、思い出せない。自分が何者なのか分からない。それは、恐怖だった。
呼吸が荒くなる。気持ち悪い。…………ッ!
──パンッ!
音が響いた。ドドド姫が手を叩いた音のようだ。その音に僕の意識は引き戻される。
見上げるとドドド姫はニコニコと笑っている。
「お名前が思い出せないようでしたら、暫定的に私が命名致します! ふふふ、んー、じゃあ『らら』でいかがでしょう! 可愛らしいでしょう?」
ドドド姫はやたらと楽しそうに僕を命名した。僕、男なんだけどなぁ……。と、そんな思考も吹き飛ぶ満面の笑みだった。
「私、名前をつけるのが夢だったんです! 今夢が叶いました! ありがとうございます! らら様!」
ドドド姫は聞いてもいないのに嬉しそうに語る。そして、僕の名前は『らら』で決まりのようだ。
彼女はなかなか強引な性格のようだ。だが、無邪気で可愛らしい笑顔は、見ていて悪い気はしない。
「ん、よろしくお願いします、ドドド姫。……ところでなぜ僕はラ・ラ・ランド王国で保護されていたのですか?」
聞いてから気づいた。他に聞くことがあったのに、なぜそれを聞いてしまったんだ僕!
まあいい。どうせその内聞くつもりだったんだ。
「保護? ああ保護。我が国の領土でらら様が見つかったから、としか言えませんが……」
ラ・ラ・ランド王国の領土で僕が見つかった? どういうことだ? その前にラ・ラ・ランド王国ってどこだ? ちょっと待て。落ち着け。質問を整理しよう。
えー、ラ・ラ・ランド王国とはどこか。今は西暦何年か。あと……僕がいたはずの国、日本との距離はどのくらいか。この辺りか?
でもラ・ラ・ランド王国はどこかって質問って失礼だよなぁ……。でも仕方ないか……。
「失礼しました。えーと、大変失礼なのですが、まずはラ・ラ・ランド王国っていうのはどこなのか伺っても?」
ドドド姫は一瞬不思議そうな顔をした後、忘れていたというような表情で口を開ける。
「あ! いえ、失礼致しました。私の方こそ失念しておりました。順を追って説明させていただきます」
ドドド姫はコホンと咳をひとつ。そして話を続ける。
「実はらら様は約五百年もの間、コールドスリープによって眠っていたのです」
ドドド姫の口から飛び出た突拍子もない話に僕は思わず目を見開く。
…………? ……? 理解が追いつかない……。
そんな僕には構わずドドド姫は話を続ける。
「そして最近我が国の領土で見つかり、ある目的の為コールドスリープを解除した、と概要はこんなところでしょうか」
やはり理解が追いつかない。そもそもなぜ僕は五百年もの間眠っていた!?
混乱する僕の内心を知ってか知らずか、ドドド姫は更に続ける。
「そして、らら様がいらっしゃった国、日本は今はもうありません。日本という国は一度解散し、各県が新たに国を立ち上げたのです。我が国は旧国名、いえ県名ですと、岡山という県になりますね」
次々と理解できないことが増えていく。頭が熱い。オーバーヒートしそうだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。落ち着かせてくれ。一度整理させてくれ!」
「え、あ、はい」
一度状況を整理したく、そう言うとドドド姫は気の抜けたような声を出した。
ここが五百年後の世界で? 僕はコールドスリープしていた? それで? ラ・ラ・ランド王国とやらに保護されている? ダメだ。やっぱり訳がわからない……。もう嫌だ。夢であってくれ……。
思考を若干放棄した僕を見て、落ち着いたと判断したのか、ドドド姫はこちらを真っ直ぐ見つめ、真剣な眼差しで口を開く。
そして、また訳の分からないことを言い出した。
「それで、らら様を起こした目的なのですが……えと、実は我が国は今、ある国と領土争いをしていまして。その、そこで、らら様のお力添えをお願いしたく……!」
もう嫌だ。何がなんだかわからない。ドドド姫は話を続けているが頭に入ってこない。
僕の意識はそこで途絶えた。
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