アイビーをどうするのか

 いつも通りの場所でいつも通りの訓練をする。つまらないかもしれないが、これが結構重要だったりする。何事も基礎が大事だったりする。そんなことを言うと転移者や転生者はどうなのだと言う新米が愚痴る時がある。俺達の戦っている転移者や転生者がまじめにこんな基礎訓練をしている光景を記録課の書物で見たことが無いという。


 そう言うまだ口だけの奴には決まってこう返す『お前は転移者や転生者じゃないだろ?もし、そっち側とかほざいたら仕事の対象だから殺すことになるぞ』と、ライオンとアンコウの狩り方が違うように私達と転移者・転生者では体の作りから基礎能力まで大きく異なっている。


 基本的に転移者や転生者の方が私達よりも強く素早い、アイビーのような新人はタイマンに持ち込まれたら逃げるのがギリギリくらいで戦ったらまず負ける。私やユッカぐらいに場数を踏めば何とかなるが、それもAがギリギリぐらいでSなんて最早生き物扱いしてはいけない。下手すると神にすら届く力を持っていて、しかも比例して態度も傲慢になったりしてこちらの神経を全力で逆なでしたりするから余計にたちが悪い。


 それも戦略の一つとか言われると何も言い返せないが、それでもあの口調はイラっと来るときがある。自分が完全に上だと確信するような舐めた口調、それに対して言い返せば図星だから怒った等とさらに煽ってきて本当にイライラする。そして、極めつけはしたり顔で説教を始めるのだから面倒くさい。


 本当に面倒くさい。話から脱線しかけたが、何が言いたいかと言うと基礎はしっかりして上から目線は狙ってやるとき以外は止めようと言う話だ。


 そんなことを思いながらアイビーの訓練の様子を見る。対戦相手であるセラによるペイント弾による弾幕にも負けず元気に突撃している。アイビーのためとはいえ、少し厳しい言葉をユッカがかけてしまったので何をして励ませばいいのか悩んでいたが、帰ってきたアイビーは嘘みたいに覚悟を完了したような顔をして戻って来た。


 その後も訓練には毎日参加して、むしろ前よりも気合が入って訓練に励むようになっている。それだけを見るといいことかもしれないが、少し頑張りすぎの様な気がする。私達はそう簡単にはバテテ動けなくなるほど柔く作られてはいないが、それでも今のアイビーは無理をしているように感じる。


 やはり、友達の知り合いを殺すのが多少なりとも影響しているのだろう。何とかしてあげたいが私が経験したことが無い出来事だからどう声をかけたらいいのかが分からない。似たようなことはあったが、その時は一人で部屋で閉じ籠っていたから助言何てもの誰からも受けた覚えがない。

でも、声をかけた方が良いのだろうか?ここはあえて話した方が隊長として合っているのだろうか?


 …そうだ、他の人に聞いてみればいいんだ。隣にナギもいるし、それとなく聞いて見よう。


「アイビーが立ち直ってなによりだな」


「ええ、本当にそうですね」


「しかし、見る限りだと元気すぎじゃないか?空回りしているようにも見えるが、ナギ、一体アイビーに何を言ったんだ?」


 ナギ達が部屋に戻った時、私はまだ記録課で探し物をしている途中だった。あそこは検索機があるのは便利なのだが、そこまで行く方法が徒歩しかないのが不便だ。ただでさえ常時拡張工事中で日々大きくなっているのだから、何か乗り物を配備してもいい気がする。こう、ゴルフカートみたいな奴を置いてくれないかなと思ってしまう。


 そんな感じの事を考えながら作業をしているとユッカがアイビーが戻ってきたと言ってきたので慌てて戻ると、アイビーが私とユッカに頭を下げて謝った。その時の思いは、反抗期の息子が久しぶりに母親の事をババアと呼ばずにお母さんと言ったくらいの感動を感じた。


 正直、少しは私とアイビーの関係がギクシャクするのではないかと心配していたがそんなのことは無くて感動した。一体どうやってアイビーを説得したのかと常々思っていたのだ、が


「私達は何も、私達がアイビーさんを見つけた時には既にあんな感じでした」


 え?ナギではないのか?となると部屋を出てからナギ達が見つけるまでに何かあったと考えた方がよさそうだな。自然に考えて誰かと話したのだろうが、一体誰だ。…いや、カルセさんしかいないじゃないか。アイビーの交友関係はヘリオ室長、カルセさんの二択、他は一度会ったか、他の世界の住人。まずヘリオ室長じゃないのは確かだ。


 あの人自分からブラック労働に身を突っ込むやばい人だから人を励ましたりするのは寝るな!くらいしか言わないし、どちらかと言うと励まされる側だから無いだろう。とすると、カルセさんがアイビーと話した人物だと思うが…何言ったのだろう。


 皆目見当がつかない。アイビーに直接聞きたいところだが本人にとって黒歴史に等しい話だろうから言わないだろうし、カルセさんもそう言うのには口が固くなるから聞けないだろうな。

ここは本人が話す気になるまで放置しかないな。


「そう言えば隊長」


 思い出したようにナギが私に聞いてくる。


「どうした?」


「本当はアイビーさんが乗り気ではないまま過ごしていたら、最終手段ついでにあそこに連れて行く予定でしたよね?」


「…まぁな」


 この組織唯一の闇であり、収容所である場所、その案内をするのはここの実態とアイビーがそのまま状態でいるとここに行くことになると言う、脅迫を行って強引に仕事に行かせるという手が一応あったがちょっと可哀想だと思うし、何よりも私が乗り気じゃなかったこともあって本当にどうしようもなくなった時の手段にする予定だった。


 いつかは案内しなくてはいけないから、もしかしたらと思ってはいたが結局案内せずにアイビーが立ち直ったから無かったことになっている。


「それで立ち直ってくれましたが、今のアイビーさんを連れて行きますか?」


 そうナギに言われて首を横にする。


「いや、今のアイビーに余計な事を教えるのは駄目な気がする。とりあえずはこの仕事が終わるまでは離さないでおくことにする」


 少なくとも今のアイビーはこの仕事で一杯一杯だろうし、いい感じに集中してくれているから、この話はまた今度にしよう。

そう心に決めて模擬戦を中止させて他の組での模擬戦を決める為に二人に近づいていく。

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