彼の残骸

「何かに匂いませんか?」


 部屋の先に続く通路を中ほどまで進んだ地点で何か変な匂いがしてきました。この匂いは…


「血の匂い…ですかね?それに何か別の匂いもしますね」


 何か生臭いですね。ずっと嗅いでいると血の匂いも相まって気分が悪くなりそうです。


「ああ、するな、血の匂いだ。それに、これの匂いは…」


 そこまで言うと隊長は口を閉ざしました。どうしたんだろうと思って顔を見ると少し悩んでいるようにも見えます。


「隊長?」


「ここから先、少し気分が悪くなってしまう物があるかもしれない気をしっかり持っておけ」


「りょ、了解しました」


 隊長がそう忠告するのなら本当なのでしょう。まだ、獣ならまだしも人を殺すことにまだ躊躇してしまう私ですが、死体を見るくらいなら最近は少しだけ慣れましたので大丈夫だと思うのですが…


そう思いながら強くなってきている匂いに顔をしかめながら通路を抜けました。


部屋は赤でした。いえ、部屋全体が赤に染まっているわけでは無く、所々に赤黒い物が飛び散っていると言った方が適切かもしれません。そして、今までよりもいっそう強くなった血の匂いと生臭い匂いがこの部屋を満たしています。


「うっ…!」


 思わず少し後ずさりしながら、服の袖で口を塞ぎます。


「転移者は…?」


明らかに何かあったのは確実です。そして、早くこの部屋から出たいから転移者を見つけたいと思って部屋を見回します。すると、部屋の隅に白くて丸い物を見つけました。


「…?」


 その物体は私の近くにあったので歩いて近づいて見てみました。一瞬それが何なのか私は分かりませんでした。だってそれは普通なら地面に落ちているような物ではないからです。私が見つけた物…それは眼球でした。光を失い生気も無くなった目玉と目が合ってしまいました。


「…ヒッ!」


 驚いて思わず後退って顔をそらすように部屋の中央を見ました。見てしまったという方が正しいかもしれません。


 部屋の中央には台座のような物が一つ鎮座しており、その周りにひしゃげたり、ちぎれたりしている金属の塊とその周りに紐の様な物や、何か細長い物が何か細かい物が散乱しています。


 そしてその一つを見なければいいのに、怖いもの見たさでよく観察してしまいました。金属の塊は土で汚れてしまって原型をほとんど残していませんがよくよく見れば転移者の鎧のような色と面影があります。それに気が付いたと同時に、周りにある物の正体も気が付いてしまいます。ひものような物は腸で細長い物は腕や足、そして細かくなったものには毛が付いていたり白い物が付いています。胴体、四肢、そこまで知ったのなら嫌でもわかってしまいます。顔であると


 何故追いかけていた転移者がこんな状態に?そう思うのと同時に言いようも知れぬ不快感が体を駆け巡って抑えられなくなり口を抑えながら膝をついてうずくまりました。


「アイビー大丈夫か?」


 そう言って隊長が駆け寄って手を貸してくれました。


「あり…がとう…ございます…あと、すみません…ちょっと席を外します」


 私は何とか言い切った後に耐えられなくなり、さっきまで通った道を戻って行きます。






「まって!アイビーちゃん」


 アイビーが青ざめた顔で口元を抑えながら部屋から出て行った後にそれを追いかけてセラも部屋から出て行った。


「隊長、追いかけますか?」


 ナギが顔をしかめながらそう聞いてきた。無理もない、いくら時間が経ってもあれを完全に慣れることなど出来ない。しかも、今回のような中身も丸見えになっている状態は私でも多少堪える。


「いや、この状態なら気分が悪くなるのも仕方ない。セラに任せるとしよう」


 しかし、ずっとあの状態でいるわけにもいかないので、いつか慣れて欲しい物だが、さて、どうした者か…


「だったら、見るの辞めろ!って言った方が良くないですか?」


バロックにそう言われるが


「この仕事の内容上こういうのは早めに慣れた方が良いからやめろとは言えなかったが少し過激すぎたようだな。今回はアイビーの復帰は待たずに私達だけで回収してしまおう」


「了解っス…しっかし誰がこんなことやったんスかね?」


 人差し指と親指でつまみながらユッカが頭部の一部を持ち上げる。頭皮の付いたそれはバラバラに粉砕されており顔のパーツを部屋の各所にばら撒かれている。残骸の状態からして頭を何か強い力で粉砕されてこうなっているのだろう。四肢がちぎられていたり、彼の着ていた鎧が原型をとどめていない所を見ると、相当な目に遭ったのだろう。顔が粉々なので、どんな最後だったか予想は出来ないが苦しまずに死んでいてくれるといいなと思う


 それよりも問題はどうしてこうなったかだ。彼は仮にも神から力を分け与えられた存在だ。それをこんな姿に出来る存在はそう多くはない。しかし、どれも決定打に欠ける。何かない物か、そう思いながら彼の残骸を見ていると、ある部位が目に留まった。


「これは…!」


 転移者の残骸の方に近づいて一本の腕を拾ってみんなに見せる。


「これは…転移者の腕ですか?」


「そうだと良かったのだが、こっちを見てみろ」


 そう言って部屋の中を歩いて腕と思われる部位を拾っていく


「…腕が三本ありますね」


 バロックの言う通り私の持っている腕は三本だ。


「そうだ、私の覚えがある限り転移者に三本の腕があった記憶はない。それにこの腕についている服らしきものは、他の二本の腕と明らかに異なっている」


 この三本の腕の内、金属片のような物が付いているねじれた腕が二本に、白い物をつけている腕。前者の腕の切り口は綺麗に切られているのに対して後者の腕は強い力でねじ切られたような感じになっている。それに状態も二本はねじられているのに対してこの一本刃ほとんど損傷が無い。このことから第三者がいたのは確実だろう。


「…つまり、この場に転移者以外の第三者がいたということですか?」


「その可能性が高い、そして、転移者はこの第三者と争っていた可能性が高いだろう」


 転移者の能力を見る限り怪力で思いっきり引っ張ればこのようなちぎれ方をするだろう。ならば、この転移者は何者かに襲われて抵抗か何かした結果こうなってしまったのだろう。


「一体誰が…」


「そうは言ってもここ最近の出来事で思い当たるのは一つしかないっスけどね」


 もし理性を失った化け物類なら一部を食べるなりするだろう、しかし見た限り特になくなっているように見える部分が存在しない。だとするなら人間の仕業、それも神の加護を持った転移者を殺せると存在となるとそう多くはない。


「『ユグドラシル』か…。しかし決めつけは良くない。もしかしたら、ユグドラシルに感化されて新たな組織が出来ている可能性もある。この腕は『ソ』に返す前に一度調べてもらうことにする。この話は一旦ここで終わりだ。何か情報が出たら教える。では、各自散らばっている破片の回収を開始してくれ」


「了解しました」


 言い方は違えど皆首を縦に振って、各自それぞれ袋を持ってバラバラに動き出して転移者の残骸を拾い始めた。


私も拾おうとして、もう一つの用事を思い出してナギに声をかける。


「ナギ、一つ言い忘れていた」


「どうしましたか?隊長」


「回収が終わってひと段落着いたらアイビーに連絡してくれ、私のインカムは壊れてしまっているし、セラのも壊れているだろうからな」


「わかりました」


「話はそれだけだ」


そう言ってナギから離れて体の中でも一番不快感が個人的の大きい胴体部分の破片を集中して集めを始める。


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