毒殺

「…馬鹿なの?」


 シアさんが少し躊躇った後に言いました。


「何が馬鹿なの?」


 ネズミの様子を伺っていたラアさんが会話に入ってきました。


「…アイビーがネズミに毒ガスを直接飲ませるって言ってる」


「え?…本当に?」


「本当です」


 そう言ってネズミを見ます。こうして話している間に逃げていたりすると不味いと思いましたが、ネズミも傷口を舐めながらこちらの様子を見ています。傷を負わされて食べ物も吐き出されたので私達を許す気は絶対にないようです。


「あのネズミは魔法も強くて、素早いので間接的に吸わせるのは難しいかと。ですので、直接吸わせる以外に手は無いかと思いました」


 それに、あのネズミは今傷から出血しているので動きが鈍っています。今、ハルさんは嘔吐が止まらないようなので役に立ちません。一旦嘔吐が止まることもありますが、また匂いに釣られて嘔吐をしてしまうという無限ループに陥っています。


「…でも危険だよ。悪いと毒ガスをモロに吸い込むことになって死ぬよ。僕は別に構わないけど、あの二人が悲しむから死なないで欲しい」


「大丈夫ですちゃんと考えていますから」


「…そう、ならいいや」


 シアさんはそれ以上追及するのを辞めました。諦めたと言ってもいいかもしれません。面倒くさいのかもしれませんが


「本当に大丈夫?」


「大丈夫です。私の頑丈さなら先ほど見せたとおりです」


 そう言って剣を持った手で胸を叩きます。その時少し脇腹が痛みましたが、顔に出さないように気を付けます。


「…それよりも、ハルさんは大丈夫なのでしょうか?」


 ハルさん、さっきからずっと吐き続けています。生理現象なので止めることも出来ないですし、何より戦闘中なので構う暇もないので放置しているんですけど、少し心配です。


「ハルは気にしないで血とかなら問題ないんだけど、ああいうキツイのは無理みたいらしくてね」


「…それよりも、さっさと行った方がいいんじゃない?」


「そうでした!という訳で行ってきます。二人は援護をお願いします」


 そう言って向こうの返事を聞かずに走り出します。ネズミに近づくにつれて異臭が濃くなってきますが、口呼吸をして軽減します。多少良くなる程度ですが、鼻から吸うのとでは明らかに違います。ネズミは私が走ってくるのに気が付くと口を開けて魔法を放とうとします。私は剣を振りかぶってぶん投げます。ネズミも流石にぎょっとしたのか歯で迎え撃つことはせずに私から見て右に避けました。私は左に回り込むように走って行きます。出来るなら近づくついでに剣を回収できればと、シアさんとラアさんが狙いやすいように動いたつもりです。シアさん達が正面から攻撃をしてくれれば私が接近しやすいと思ったのですけど、大丈夫でしょうか。


 そう思っているとシアさんが魔法でも攻撃を始めてくれたので、意図が伝わっているようで良かったです。でも、ネズミは魔法を防御しながらも私の方を気にしているのでやっぱり一口縄ではいかないですね。走りながら速度を落とさないように剣を拾い上げて接近します。

ネズミは迎え撃とうとこちらを向いて走り出します。一歩動くたびに傷口から血が流れていますが、それも意に介さずに走ってきます。私は剣を下段に構えて接近します。先ほどネズミに傷を与えた動きと同じように動きます。ネズミと私が近づいてくると、私に当たることを避ける為に魔法の数が少なくなってきました。


 そしてネズミが剣の届く範囲に入るのと同時に剣を振り上げようとします。そして手を開いて剣を話します。ネズミは剣をかみ砕くつもりで口を大きく開けていましたが、虚をつかれたように動きが止まります。そこを狙って私はネズミの口に瓶を握ったままの手を突っ込みます。そして手を放して瓶を口に入れた後に両手でネズミの頭を掴んで一旦勢いをつけて、頭を掴んだまま両足を上げて逆立ちの姿勢になります。そして下に降りる勢いを利用しながら、両足を折りたたんで両膝をネズミの下あごに叩きつけます。

ネズミの口が閉じて中からパリンと音がしたのと同時に微かに腐った卵のような匂いがしてきました。そしてネズミは暴れだして、私は振り落とされました。地面に背中を思いっきりぶつけた後に痛む背中をさすりながら急いで起き上がります。ネズミが破れかぶれで魔法を乱発するかもしれないので、皆さんを庇えるよう走って合流します。


「大丈夫ですか?」


「…大丈夫、流石のあれも口に毒ガスを入れられると、僕たちに構える余裕がないようだね」


「今の内に追い打ちをかけましょうか」


「…賛成、念には念を…ってね」


 シアさん達は杖とクロスボウを構えます。遠距離の攻撃が始まるのなら私の出番はなさそうですね。


「アイビーは下がって、少し威力の高い魔法を使うから巻き込まれないでね」


 シアさんもそう言うので素直に従って後ろに下がります。悶えて身動きが取れないネズミを相手にシアさんが今までよりも威力が高そうな魔法を撃ち始めました。流石にあの中に突っ込んで追撃する程私はアホではないので静かに見守ります。でもただ見守っているだけでは手持ち無沙汰なので吐いているハルさんに近づいて背中をさすってあげます。


「あ、ありがとう」


 少しげっそりした顔をしながら、ハルさんが謝りました。


「いえ、それよりもハルさんは、ああいうのは苦手なんですか」


 少し意外でした。ハルさん達は先輩冒険者なのでグロ耐性は持っている者かと思っていました。


「ああ、前に狼の魔獣と戦った時に横から切ったら、中途半端にドロドロと消化されていた内容物を見えてしまってから、少し苦手でな。普通に解剖するのには問題ないんだが、ああいうのは…ウップ」


 話している間に思い出してしまったようで顔を青ざめて再び嘔吐してしまいました。ハルさんの背をさすりながら、ネズミの方を見ます。もしかしたら、突然ドラゴンになったりするかもしれないのでなるべく目を離さないようにしていかったのですけど、ミンチですね。ハルさんの魔法で原型が残らない程にミンチにされています。そして、シアさんは魔法を切り替えてミンチを火で燃やし始めました。火力からして焼肉とかではなく、完全に炭にするつもりで燃やしていますね。火をつけた時に少し爆発しましたし。でも皮を剥いで売ったりしないのでしょうか?


「…終わったよ」


 ゴウゴウと燃える肉塊を背にシアさんが言いました

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