第80話 検問

「おい、そこの三人、ちょっと待て」


 俺たちが何食わぬ顔で検問を素通りしようとしていると、検問官が声をかけてきた。何かおかしいところがあっただろうか? いや、ない。


「エルフ二人とは珍しいな。本来人間と交流がないはずのエルフが二人も来るなんて異例だ。ちょっと検査させてくれ」


 確かに検問官の言うとおりだ。耳がとんがっているせいでバレたのだろう。せめてアスティを人間に変装させるべきだった。


「検査って何をするんですか?」


「重要人物のリストにないかチェックする」


 そう言うと検問官は書類を持ってきて、何かをチェックし始めた。うっすら様子をみるとエルフの顔写真の一覧表が載っていた。


「お前……シャルシャトム=フィルか? なぜダルツ国に入国しようとしているんだ? エルフでかつ、エルフ族の族長であるフィルがなんの許可もなしに来るとは思えん」


 完全にフィルに変装したのが裏目に出ていた。さすがに族長の顔写真は流通しているらしい。他の国と交流もあるし、当然の事といえば当然だ。その場のテンションでやったことを俺は後悔していた。


「フィルよ、なぜこの国に入ろうとしているんだ? 答えてくれ」


「ええと……」


 アスティが言いよどんでいる。こいつアドリブに弱いからな。心配で仕方がない。


「人間観察のためですね」


「「「人間観察!?」」」


 アスティ以外の全員が声を荒げた。馬鹿なんだろうかこいつは。


「人間観察ならエルフの村がある隣国でやればいいじゃないか」


 確かに検問官の言うとおりだ。


「ええと……敵対しているので無理だったんですよ」


「確かにそうか。ならいいだろう。一応族長のフィルだと証明するために何か回復魔法をかけてくれ」


「え……?」


 アスティは明らかに困惑していた。正直こいつが使える術は形態変化しか覚えがない。魔王なんだから回復魔法くらい使えるんじゃないのか?


「どうした? やってみろ」


「ええと……誰にかければいいですか?」


「そうだな、連れの男でいいだろう。舌でも噛み切ってくれ」


「うぃっす」


 思い切り舌を噛むと根本から先が地面に落ちていた。


「ふぁあ、ふぁってふれ」


「決断が早すぎません? 自傷行為の躊躇がなさすぎる」


 僧侶が冷めた目で見ながら言った。


「俺も舌を噛み切れといったが、切断するとは思わなかった。軽く血を流す程度でよかったんだが」


「ふぁきにふぃってふださいよ」


「平然と喋ってるのが怖すぎる」


 僧侶が怯えながらいった。


「いずれにせよ準備は整った。やってくれ」


「ええと……あれじゃ無理だし……あれも無理だし……もうこれしか……」


 そういうとアスティは俺の顎を手で持ち舌を口の中に入れてきた。嬉しいのが半分、そしてもう半分は痴女かな?という感想だった。


 そして口元から唇を話すとアスティは赤面しながらいった。


「どうですか? 治ってますか?」


「治ってるな」


 どうやって治したんだろうかと考えていると舌に違和感を覚えた。どうにも接合したらしき隔たりがある。これは……形態変化を応用して俺の舌を作って結合させたのか。形態変化が万能すぎて俺は驚いていた。もう高価なものは全部あいつが形態変化して作り出してあとから治せばいいんじゃないか?


 アスティを見ると舌が元に戻っていた。舌でなくなった分を体のどこかから補充したのだろう。一応後で回復してあげよう。でも考えても見ると応用が効くな、これ。便利すぎてこれだけで魔王を倒せそうだ。目の前に元魔王はいるんだが。


 そんなことを考えていると検問官が首をかしげて口を開いた。


「なぜキスする必要があったんだ?」


 ごもっともな質問だった。


「ええと……回復は情熱、いや……愛なんですよ……」


 アスティは空を見上げながら言った。迫真の演技だが正直馬鹿かと思ったが口にはしなかった。


「なるほど、族長ともなると慈愛による回復をするんだな、勉強になった」


 そして検問官は僧侶の方を見ると、口を開いた。


「こっちはリストにはなかったな。一応エルフだという証拠を見せてくれ」


「分かりました。勇者さん、怪我してください」


 当然のように俺に怪我を要求するこのパーティは俺がリーダーのはずなんだが、何かがおかしい気がした。だが考えたら負けな気がしたのでスルーしておいた。


「ほらよ」


 エクスカリバーで左腕をぶった切ると鮮血があたりに吹き飛んでいった。というより全員俺の血を浴びていた。


「そこまでしろとは言ってないですよ!」


「死ぬ気か君は!」


「モルさん、毎回左腕なくなってますね。癖ですか?」


「正直、若干癖になってる」


「リストカットやめられないメンヘラみたいに言われても……」


 僧侶は呆れていた。


「僧侶、出血多量で死ぬから早めにやってくれよな」


「ならやらなきゃいいのに……はい」


 掛け声と共に腕が再生されていった。正直この感覚がたまらねえ。ジャンキーになりそうだ。


「私の魔力枯渇しかけてるんですが……」


「薬飲め」


「使いすぎると中毒になるんですからね!」


「お前は覚えていないかもしれないが、すでに中毒になってるぞ。魔界のとき散々俺が焼かれて回復してたからな」


「どおりで飲みたい衝動が抑えられないと思いましたよ……今まで不思議でした……」


「禁薬は最初の一日がつらいぞ。あと習慣的に食事が終わったあととかに飲みたくなるな」


「タバコみたいに言われても……」


 そんなことを話してると書類の確認が終わったのか、検問官が話しかけてきた。


「特に怪しいところはないな。通っていいぞ。あとアドバイスとして回復薬は一日一回だけ使うようにな」


「はい、そうします」


「昔は一日で二十回くらい飲んでたけどな」


「ええ……昔の私の酷使がひどすぎる……」


「これからもそんな感じでよろしくな!」


「今までにないくらいいい笑顔で言われても……こんなパーティ入るんじゃなかった……」


 こうして俺たちは魔都シュッツァガートに向けて再び歩み始めた。

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