第37話 黒幕

「よし、これでアスティを……助け……」


 意識が朦朧としてきた。血を流しすぎている。これじゃ助けることなんて――


「おっと、賊とウルヴが倒れておる。元盗賊にしてはよく頑張った、ただ死んでしまうとは情けない」


「……誰だてめえは」


 白い髭を顔中に蓄えた痩せこけた老人が見えた。白を貴重とした金のアクセントを持つ服を着ている。


「なんと下品な物言いだ。国王に向かってその口の聞き方、死刑に値するぞ」


「そうか、てめえが国王か……」


「そういう貴様は何者だ?」


「勇者のモルダー様だよ」


「モルダーか!」


 何を納得したのだろうか、男は満面の笑みを浮かべこちらに近づいてきた。


「どうやら動けないようだね。好都合だ。これで計画を実行できる」


「計画? なぜ俺がいるのが好都合なんだ」


「儀式に入るためにはまだ時間がかかる。巻き込まれただけの君は少しばかり可愛そうだ。死ぬ前に聞かせてやろう、冥土の土産だ」


 男はそういうとアスティがいる場所へ近づき、何かを持ってきた。そして俺が動けないことをいいことに男は俺の首に何かをつけた。


「これは爆弾さ。君は人質ってわけ。ボタンを押すか私を攻撃しようとすると爆発するから勝手なことはできないよ」


 そして男は血が滴り落ちていた俺の左腕を紐で縛った。


「人質に死なれては困るからね」


「……なるほど、人の首に爆弾をつけたやつが善意で助けるはずがねえよな。それで俺は誰への人質なんだ?」


「君の父親だ」


「俺の親父だと……? 俺の親父は死んだんだ! 生きているはずがねえ!」


「そうだ、確かに死んでいるんだ。だがやつは蘇った。そして私を殺そうとしている」


「意味がわからねえ……さっぱりわからねえよ……」


 親父が生きていて、それに国王を殺そうとしてる? 信じられるはずがねえ……。


「話を続けていいかい?」


「あ、ああ」


「あの男は私を信用していない。だから私を殺そうとしている。目的はわからない。だがやつは虎視眈々と私を殺す機会を狙っていた。だから私は不老不死の研究を始めたんだ」


「それで魔王が必要になったのか」


「ああ、本来であれば正式に勇者が捕まえてそれを利用してやる予定だったがね、予定が狂ったんだ。研究者のフレインという者が魔王を利用して完全に人を生き返させる技術を開発した。そして魔王討伐のためのパーティに潜り込んだ。こちらもスパイとして呪術師を送り込んだ。あのフレインがいるのだ、魔王が討伐されるのはわかっていた。だから事前に魔界の第二側近と手を組み、君たちを嵌めたわけだ」


「完全にとばっちりだな俺は。でもそれって魔族側にメリットがないんじゃないか?」


「いや、そこは問題なかった。人間側は魔族側へ武器と魔法の技術提供、そして人体実験のための生贄を送った。さらに我が国からは魔族側に戦争をしかけないと裏で同盟を組んだ。我が国以外にも魔界に進行する国があったからね、人間に対しての有効な兵器の開発に役に立ったようだよ。メリットがあったのは魔族側だけではなく、こちらもいくつか提供を受けている。大きなものでいうと魔王本人だな。政治ができない木偶の坊は魔界側でも持て余していたようだ」


「なるほどねえ、アスティはいわば手土産だったということか。俺がはめられた理由といい、納得はしたよ」


「冥土の土産にしてはいい話だったろう」


「ああ、これでお前に引導を渡せる」


「何を宣う。お前の首には爆弾が付いているんだぞ? このスイッチを押せば爆発するんだぞ?」


 俺は口にナイフを装備し、男を睨んだ。


「ナイフでどうにかなると思っているのかね? このスイッチを押せば君は――


 俺は右手で首輪を掴んだ。成功するかはわからねえ。成功してもただでは済まないだろう。だが何もしないよりましだ。


「くそっ!」


 国王がボタンを押そうとしている。俺はそれよりも一瞬だけ早く右手で首輪を引きちぎった。それとほぼ同時に大きな音を立てて首輪が爆発した。


「……ただの阿呆だったか。爆発から逃れられるはずが――


「……よう、残念だったな」


「な……に……!?」


 右腕は爆風ですべて吹き飛んでいた。ウルヴに切られ左腕ももう存在しない。だが俺には口に挟んだナイフがある。


「くそっ、誰かいないのか! ウルヴめ、こんな乞食にやられおって……」


「遺言はそれだけか?」


「くそっ!」


 男はウルヴの死体まで逃げるように走り、ロングソードを手に取り、構えた。


「たかが死にかけの小僧だ。このわしがやられるわけにはいかんのだよ!」


 男の体は震えて入るが、構えはどうに入っていた。王宮で覚えた剣技だろう。ふらふらで武器がナイフしかない俺が勝てるかどうか、五分五分だ。


「そのナイフでどうやって勝つ気だね? 間合いが違いすぎる。そして君は私の剣を防ぐ腕も存在しない」


 確かにそうだ。普通に見れば勝てるなんてありえないだろう。誰が見ても俺が死ぬと予想する。だが負ける気はしなかった。


 俺は男に向けて駆け出した。俺が勝つにはやつの首元を狙うしかない。間合いに入りやつの剣戟が飛んでくる。


「遅い!!」


 俺は男の剣をしゃがみながら交わし、男の首元にナイフをあてがいそして切りさ――


「ぐっ……」


 確かにやつの剣は虚空を切っていた。だが左から放たれた魔弾が俺の体に辺り、爆発を起こす。その衝撃で口からナイフが飛んでいく。


「わしを侮ったな。これで貴様を終わりだ!」


 男は俺の体目掛けて剣を振りかぶった。


 もう俺には低級魔法を打ち出す生命力もない。腕も失っている。肝心のナイフも吹き飛んでいる。


 俺の体が動いたのは本能か、それとも闘争心からか。


「うおおおおおおおおおおお」


 俺は切られてほとんど残っていない左腕を男の顔面へ叩き込んだ。止血した左腕からは血が止めどなく流れている。


「ぐっ……死にぞこないが!」


 男は魔法を詠唱し始めた。白い魔法陣が床に展開されていく。


「これでおしまいだよ。この魔法はロックした相手に必ず当たる。逃げることはできない」


 俺は吹き飛んだナイフを口で拾い、男を睨んだ。


「まだやる気かい? 無駄な抵抗だ。死にたまえ」


 男が詠唱すると同時に床に展開された魔法陣が白く光った。


 俺はそのまま男に向けて走り出した。


「無駄だ、死ね!」


 魔法陣から白い光の塊が飛び出し俺の体目掛けて放たれた。交わしても無駄なんだろ? だったら俺の体をくれてやるよ!


 白い光が俺の腹を貫通する。


「馬鹿め、最初からこのわしに勝てるわけなかったんだ。このくたばりぞこ――


 それでも俺は歩みを止めない。腕がなかろうとも、腹に穴が開こうとも。アスティを助けるために、俺はお前を殺す。


「やめろ! 止まれ! 止ま――


 俺は男の首元にナイフを充てがい、振り抜いた。鮮血が宙に散っていく。

 そして男は大きな音を立てて崩れていった。


 だが俺もここまでが限界なようだ。俺が死んでも魔法使いが生きていればアスティを助けてくれるだろう。まあアスティなら自分で起き上がって逃げられるかもしれない。俺はここまでのようだ、ごめんなアスティ。


 頭がぼーっとする。目はもう完全に見えていなかった。俺はもうすぐ死ぬ。考えてみればよくやったよ。これで十分だ。これでいいんだ。


 なんだろう、誰かの足音がする。誰だろう? わからない。もう何も――

 

『よう、バカ息子』

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