第38話 親父との再会

 体が温かい。死んだんだろうか俺は。体がふわふわする。


「そろそろ起きろ、バカ息子」


 死んだはずの親父の声がする。ここは天国だろうか? 俺は死んで――


「起きろよ」


 顔に衝撃を感じ、俺は目を覚ました。出血多量で死んだんじゃなかったのか? だが体を見ると腹に空いた傷も両腕も戻っていた。これは夢なんじゃ……。


「やっと起きたか。心配したぞ、モルダー」


 声の下方向に目をやるとそこには死んだはずの親父と瓜二つの男が佇んでいた。


「親父……か? 親父なのか? いや、俺の親父はクリミナルグラード攻防戦で死んだはずだ……なんで……生きて……」


 これは夢だ。夢に違いない。両手で頬をひねって見たが、目の前の男は消えはしなかった。夢じゃない……?


「久しぶりだな、我が息子よ」


 そういって昔と同じように男は微笑んだ。


「……親父なはずがねえ……。俺の親は戦争で死んだんだ……生きてるはずがねえ……。お前は一体なんなんだ……?」


 なおもにこやかに笑う目の前の男。否定しようとしても忘れるはずがない。この笑顔を俺は知っている。いや、でも死んだはずだ、死んだはずなんだ……生きてるはずがねえんだ……だが否定しようとしても心がこいつが俺の親であると肯定してくる。仕草、表情、佇まい。そのすべてがあいつが俺の親父だと主張してくる。


「くそっ……どうなってやがるんだ……!」


「混乱しているようだね、少し落ち着こう。お前は昔からそうだったもんな」


 そう言うと男は剣をその場に置き、何も装備していない状態で俺の前にどかっと腰を落とした。


「話をしよう。だから座ってくれ」


 信用して良いのだろうか、目の前の男を。こいつが俺の親父かどうかも分からねえ。そもそもこいつは味方か……? 敵の罠かもしれない。でもそれを証明する方法が思いつかない。俺は何が起こってもいつでも対応できるよう右手に折れていないロングソードを持ち、目の前の男を警戒するように腰を落とした。


「さて何から話そうかな……」


 男が顎に手を置き真剣に思案している。こっちを微塵も警戒していないようだった。確かに男からは微塵も敵意は感じない。そもそも敵であれば俺を回復したりしないだろう。だがそれでも罠の可能性もある。警戒するに越したことはない。


「とりあえずお前が親父本人だと言うのなら聞きたいことがある。なんでは生きているんだ? あの戦争で死んだはずだろ?」


「やはりそこが気になるか。そうだな、私はお前が言うとおりあの戦いで死んだ。いや……正確に言うと今も死んでいる。心臓はもう動いていないんだ」


 ふいに手を差し出され、俺は身構えた。触ってみろとでも言わんばかりに差し出された手を俺は警戒しながら触れると、そこに人間の体温はなかった。氷のように冷たく、それは“死人”と同じものだった。


「死んでる……のか? じゃあなんで動いて……いや、なるほど……禁術か……」


「そうだ。私は人の魔力を糧に生きている。いや、心臓は動いていないから生きているとはいえないかもしれないね」


 一呼吸置いた後、男は淡々と説明を続けた。


「あの戦争は悲惨なものだった。死と隣り合わせの毎日。いつ殺されるかも分からない状況が何年も続いた。ほとんどが発狂していったよ、自ら命を断つものも多かった。そんな中で私は思ったのさ、すべては国が悪いと。戦争をしなければ国を維持できないこの国が悪いと。だがそれを疑問に思うものは誰ひとりとしていなかった。洗脳され、考えることができなくなった民衆。変えなければいけないと思ったよ、この国を」


「だが……それを一人でやるのは無理だろ……?」


「ただの兵士一人の意見なんて国王が聞き入れてくれるはずがない。だから俺は自ら王になるしかなかった。一人で襲撃を何度もしたよ。国王一人なら俺でも倒せる。だがデルハンジ=ウルヴ。あいつが常に国王の近くにいたため俺は近寄れなかった。あいつは強すぎる」


「ああ、ウルヴか。確かに強かったが二回も殺したよ」


「そこに広がってる死体はまさかお前が……。強くなったんだな……」


 そう言って静かに笑う眼の前の男はまるで子供の成長を喜ぶ父親そのものだった。


「話を続けようか。俺が一人で何もできずに十年以上過ごした。そして国は魔族と同盟を組み軍事力の増強を始めた。資源がある他国を進行するためだ。だがそれではまたあの悲惨な戦争が繰り返されてしまう。だがそれも私一人では止めることはできなかった」


 男の言うことが嘘であるか本当であるかは分からないが、男の口ぶりは真剣そのもので、嘘を言っているとは俺には思えなかった。


「だが最近になって希望が現れた。お前だ、モルダー」


「俺……?」


「ああ、国王の企みを知ればお前は絶対に阻止すると思っていた。俺の息子だからな。あの森でお前を助けたのを俺だ。死なれては困るんでね。幸いお前の仲間の僧侶の家は分かっていた。母親とは旧知の仲だったからね」


「なるほどな……納得は出来たよ。一つだけ疑問があるんだが、なんで親父は……ここにいるんだ……?」


「すべての計画を阻止するためさ。国王は魔王を使って儀式を始めようとした。だから私は止めに来たんだ。で来てみればお前が国王を既に倒していて死にかけていた。俺は理解したよ、国王を討ったのはお前だと」


 こいつも国王の野望を阻止しようとしていたんだな。結果的に俺が倒したわけだが、森で救ってくれたのもこいつだ。こいつがいなきゃ俺たちは死んでいたのか。


「それで親父はこれからどうするんだ? 国王にでもなりかわるのか?」


「ああ、そのために俺は生き返ったんだからね。俺が戦争のない国を作るよ、絶対に」


 昔と変わらねえなこいつは。夢みたいなことをいって、それを実現してしまう。昔から何一つ変わってねえよ……。


「ところで、モルダー。魔王はどうするつもりだ? 魔族に裏切られたんだ。帰る場所がないだろう。提案なんだが、魔王は私が匿ってやる。魔界でも人間界でも居場所はないんだ、ここが一番安全だろう」


 確かにそれがやつにとって一番安全な道なのかもしれない。だがそれでも俺は。


「一緒にいくよ。辛い旅になるかもしれないが、こいつとならうまくやれる気がするんだ」


「そうか。その決意は硬いのか?」


「ああ、親父の配慮を断るのも悪いが、俺はあいつと一緒にいたいんだ」


「そうか……惚れたなお前?」


 そう言ってニヤケ顔で昔と同じように笑う親父を見て殴りそうになったがやらないでおくことにした。


「色々話したいことがあるけど、俺行くよ。ここまでしたんだ、俺は一生お尋ね者だからな」


「ああ、そうだな。私も色々話したいとこだが、まだ私の仕事は終わってはいないからね。国王が倒れたんだ、まあ所謂革命と言うやつだな。この後、国王の悪事を暴いて民衆を納得させる必要がある。そんなに簡単なことじゃないが私はやるよ」


「また……いつか会えるか? 何年後になるか分からないが……親父が国王になって平和な国になったら……こっそり会いに来てもいいか……?」


「おう、いつでも戻ってこい、馬鹿息子。何年後になろうとも私はこの国で待ち続けるよ」


「ああ……ありがとう……」


 この歳になって泣くとは思わなかったな……最初は疑っていたが、目の前の男は正真正銘、俺の親父だった。別れは寂しいがまた会えるんだ。それにアスティも無事だった。すべては丸く収まったんだ。俺の旅はようやく終わったんだ。


「じゃあな、モルダー。元気にやれよ」


「じゃあな親父。元気にしてろよ」


 親父が右手を差し出してくる。冷たい手、だけどなぜか親父の手は温かく感じた。別れを惜しむようにしばらく握り続ける。しばらく会えることはないだろうから、この瞬間を忘れないように。親父も別れを惜しむように右手を強く握り返し、“左手に握った剣を俺の腹に突き刺した”。


「な……なんで……」


 膝をつき、その場に崩れ落ちる。床には大量の血が零れ落ち、目が霞んでいく。頭が混乱していたが、もう考える余裕もなかった。顔を上げると今まで見せたこと無い、感情のない表情で親父が剣を俺に振り下ろすのが見えた。

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