第35話 魔法使いVS呪術師

「さて、そろそろいいかな? 茶番は終わった? なんというか臭い友情というか……そういうのを見せられると吐き気がするねー。まあ魔法使いも僕に殺されるんだし、最後くらいは自由にさせていいかなーと思ったけど、見るもんじゃないね」


「まあなんと言ってもいいですよー別に。どうせ私に殺されるんだし、最後くらいは自由に喋らせも問題はないですからね」


「口が減らないね魔法使いは。そんな正確じゃモテないんじゃない? 男と付き合ったこともないんでしょー? かっわいそーに」


 ありったけの嘲笑を込め高笑いする呪術師。だが魔法使いの顔を笑っていた。


「それあなたが言うんですかぁ? 行っておきますけど今更僕っ子って流行らないですよ(笑)恥ずかしげもなく僕僕言ってるの見ていつ言おうかと思ってたんだけど気色悪いよ。まあでもあんなが気に入ってんなら別にいいんじゃない? その気色の悪い言葉遣いを気に入ってくれる気色の悪い殿方とあんあん言っててもだーれも羨ましいなんて思わないですからねぇ。え? 怒った? 怒ったの? 図星つかれて泣いちゃった? ごめんね? 本当にごめんね。でも真実だから言わないと悪いと思って。だから泣かないでよ~」


「あ? 誰が怒ったって? 別の僕はそんなこと言われて怒るほど心は狭くないからね。それよりも家族が死んでメンヘラになって、きっしょくの悪い日記を毎日書いてる人のほうが気持ち悪いと思わない? それに四大魔法を極めたとか言って、ぽっとでの勇者ごときに負けるとか魔法使いの恥さらしでしょ(笑)大学ではすごい人とか言われてるけど実はメンヘラでクソ雑魚だって広めたらどうなるかな~。みんな幻滅するだろうね、だって憧れの四大魔法を使っても弱いままなんだよ? 憧れるよ~、魔法使いには憧れるわ~。僕なら死んじゃうと思うなあ、そんな醜態を晒して生きていけないな~。あ、でも魔法使いは生きていけるんだね! 心だけは強いんだねー、メンヘラなのに(笑)」


「あ? 殺すぞ呪術師」


「あ? かかってこいやくそ魔法使い。殺してやるわ」


 お互い杖を構え詠唱を始める。詠唱は一瞬だった。それもそのはず、高度な魔法は詠唱に時間がかかり、術者同士の場合相手に先手を取られてしまうからだ。お互いそれを分かっているため二人は高速詠唱の呪文にを主体に戦わざるを得なかった。


「死ね呪術師!!」


「お前が死ねや!!」


魔法使いが放った光の球と呪術師が放った闇の球が無数に飛び交う。それらは相殺しあい、閃光と共に消えていく。お互い相手の体に向けて打ち合っており、交わることのなかった球が体をかすめていく。お互い間一髪の所で避けながら撃ち合っていた。


「糞がっ! 躱してんじゃねえぞこのカスが!」


「私のセリフですよ! 逃げずに戦ったらどうですか!?」


「てめえもだろがああああああああ!」


何十分経っただろうか。撃ち合いは衰えることなく続き、辺りは焦土と貸していた。それでも二人は致命傷を追うことなく、未だ魔法と呪術を繰り返している。


 だが決着は早かった。最初から分かっていたことだが、有効打が無い場合は魔力の多いほうが勝つ。つまり四大魔法を自由に使え、精霊を従える程の魔力を持つ魔法使いに軍配が上がった。呪術師はもう既に魔力はそこをつき、何もすることができなくなっていた。


「はあ……はあ……呪術師ごときがこの私を倒すなんて百年早いのよ。もう楽にしてあげるから観念しなさい」


「くそっ……くそおおおおおおおおおおおおおお、この僕が負けるはずがないんだ……嘘だあああああああああああああ!!」


 誰が見てももう呪術師に逆転の目は無かった。その証拠に呪術師の杖は魔力が通っていないため光が消え、完全に沈黙していた。魔力を温存して反撃する手もあっただろうが、それを魔法使いは許さなかった。圧倒的な弾幕で相手の詠唱を中断させず、すべての魔力を消費させたのだ。完全な力負けだった。


「くそっ……この僕が……負けるなんて……」


「まあこれが力の差って奴ね。もう無駄ですよ、いいから死んでください」


 魔法使いの杖が光り、詠唱を始める。次第に無数の球が彼女の周囲に作られ、詠唱の終わりと共に呪術師に炸裂した。砂塵が周囲に舞っていく。


「ふう、これで終わりね……。はやく勇者さんの所に行かないと……」


 途端、砂塵の中から青白い閃光が飛び出し、魔法使いの肩を貫いた。咄嗟に防御陣を展開する魔法使い。だが次の攻撃はこず、砂塵の中から高笑いがしていた。


「あはははははははは! 勝ったと思ったか魔法使い! この僕が何の策もなしに来るはずがないだろ! 見ろこれを! そして絶望しろ!! お前にはもう! 勝てる未来は残ってないんだよ!!」


 砂塵が晴れて呪術師の姿が現れる。そしてその横にもう一人、緑色のローブを纏い、目に黒い光を宿すものがいた。


「……僧侶……なんであんたが……!」


「あははははははは! 僕が何者かも忘れてしまったのか! 僕はねえ、“呪術師”なんだよ! 人一人くらい操るのなんて少しの魔力さえあればできるんだよ!! あはははははははは! これで形成逆転だなあ魔法使い! “呪術師”と“僧侶”、二人相手にして果たして勝てるかなあ!!」


 魔法使いの額から汗が零れ落ちた。彼女は静かに笑った後、ぼそっと「私、死んだな」と呟いたが誰にも聞こえなかった。勇者は助けにこない、この状況を打開するすべはない。絶体絶命だった。




 この状況で魔法使いが勝つためには残りの魔力の使い方を考える必要があった。幸い絶対魔力量の多い魔法使いは呪術師との戦いで消耗したが、半分程度は残っていた。魔力消費の多い高度魔法を使えば残りの魔力はほぼ無くなるだろうが、撃てなくはない。ただ外せば勝ち目はなくなるだろう。だからと言って半端な攻撃をすれば例え有効打を撃てたとしても僧侶の回復がある。まずは僧侶から潰す必要があった。


 魔法使いはこの状況を悲観的に見てはいなかった。二対一と考えればまず勝てないだろうが、相手は魔力を消耗しきった呪術師と僧侶の二人、実質一対一である。僧侶との戦いであれば魔力が少なくとも勝てる可能性が高い。なぜなら僧侶という職業上、回復魔法に特化しており、攻撃魔法はおろか防御魔法においてもこちらの方が優位だからだ。つまりこの状況で勝つには呪術師が魔力を回復する時間を与えず、攻撃でひたすら押す、先手必勝しかない。


 魔法使いが詠唱をしながら僧侶に向けて走り出した。体の周りの空間に詠唱陣が展開されていく。それを見た僧侶と呪術師は各々、魔法使いの攻撃を阻止するために動き出す。


「確かに僕は魔力が切れてるけどそれは迂闊すぎじゃないかな? 呪術を舐め過ぎだよ魔法使い」


 僧侶に向かって走っていた魔法使いの足元が一瞬黒く光ったと思うと、黒い文字の束が魔法使いの足に絡みついた。魔法使いが使う魔法と違い、呪術というのは基本詠唱は必要ない。予め呪術を施した魔道具を配置し、それに嵌めるのが基本的な戦い方である。即効性の呪術もあり、先程使っていたのがそれに当たるが本来の使用方法ではなく、魔力消費が高いため本職の魔法使いと戦えばよほど魔力が勝っている場合でない限り力負けする。


こうなることは呪術師も想定の内だった。魔力で勝てないのであれば勝てる状況を作る。具体的には時間が立てば立つだけ相手に詠唱の隙きを与えることになる、であれば相手に決着を急がせるように立ち回ればいい。魔法使いが突っ込んでくるこの状況は呪術師に取って好都合だった。


 魔法使いの体が呪術の闇に取り込まれ、呪術陣に沈んでいく。呪術を一度でも喰らえばそれを解くことは一人ではできない。実質の詰みだった。


「ははあ! こんなに早く決着がつくなんて天下の魔法使いも地に落ちたもんだな! こんなことなら僧侶を手駒にする必要すらなかったなあ。いや、僕が強すぎるのかもしれないね!」


 呪術の束が魔法使いの体を包み込み、魔法使いの動きは完全に止まっていた。小指どころか口さえ動かせないため、魔法使いは詠唱することができない。いや、例え出来たとしてもこの状況を打開する魔法なんてありはしない。


「あははははは! 無様だね! 魔法使い! 最初から僕が最強だったんだ! 呪術師がこの世で最強なんだよ! 魔法使いなんて所詮老害の職業なんだ、時代はこの! 僕の! 呪術を中心に回ってるんだよおおおお!」


 闇に飲み込まれていく魔法使いを高笑いしながら見送る呪術師。口では油断しているが魔法使いのことだ、何か策があるかもしれないと警戒していたがそれも杞憂に終わった。ここまで来たら何もできることはない。呪術師は思う。最後にやつはどんな顔をするのだろうか。無念で泣くか、それとも悔しさで怒るか。いずれにせよ呪術師にとって、その全てが優越感に変わる。その瞬間をずっと待っていた。そしてその時は来た。飲み込まれる瞬間魔法使いはーー


「……笑った……?」


 最後に見えた魔法使いの姿は笑っていた。


「なぜ笑った……なぜ?」


 呪術師は考える。やつのこと、やつの性格を。諦めて笑った? 今までの人生に感謝して笑った? いや違う……やつはそんな殊勝な性格じゃない……。あの顔は……明らかに僕を馬鹿にしていた。明らかに僕を見下した笑いだった。まさか……ここから勝てる手段をやつは持っていたのか!? そんなはずは……。


 呪術師の顔から笑みが消えていた。いつどこからでも攻撃が来てもいいように臨戦態勢に入る。考えても見れば四大魔法を使える魔法使いがあんな簡単にやられるはずがない。じゃあどんな魔法を……どんな攻撃を……。


「魔法使い!! いや……フレイン=リフレリア! まだ生きてるんだろう、来るなら来い! この僕が騙されるとでも思ったか! どうせ僕に一矢報いようと隠れているんだろう!? 姿を表わせよ卑怯者が!!」


 彼女の叫びは瓦礫の山に消えていった。辺りに静寂が訪れる。


「本当に死んだのか……? おい、魔法使い! こんな結末はないだろう!? まだ何かあるんだろう! こんな……こんなつまらない決着があってたまるか……。まだ……僕の手は残っていたのに……。なんでこんな攻撃で死ぬんだよおおおおおおおお! くそおおおおおおおおおおおお」


 彼女の必死の叫びは誰にも届いていなかった。呪術師は叫ぶのは諦め、僧侶に魔力を回復するように命令する。僧侶の呪文で魔力を回復させているこの隙に魔法使いが襲ってくるんじゃないかと警戒していたが、それも杞憂に終わった。


 虚しい勝利の中彼女は僧侶に話しかける。これで終わりなのかと。だが返事が来ることはなく、彼女の中にはただ虚しさだけが残った。


 魔法使いと呪術師の戦い。終わってみれば実にあっけないものだった。呪術師の完勝。空想と違い現実は実に虚しいものだと、誰もいない戦場で一人呪術師は呟いた。

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