Thu., Oct. 5 - Fri., Oct. 6

11. 賑やかな疑惑

 4人そろって同じ授業って、実は週に1度しかない。私が苦手な木曜日の古典。だから木曜日のランチはみんなで食べるし、だいたいいつも、カフェテリアで席に着いたら、この儀式が始まる。


「せーの!」


 4人掛けの丸テーブルで、一斉にデバイスの画面を広げる。半透明な画面の下には、ランチが並んでる。

 

 メイリC、ビアンカA、クララB+、私B。


 古典の課題を題材にした、ディスカッションの成績発表。古典の授業が終わると、すぐに個人の学生ページで成績が出るから、それを4人で見せ合うのがランチの恒例儀式。

 メイリは身を乗り出して、ビアンカの画面を眺めてる。


「わー、ビアンカって古典得意なんだねー」

「アンタはドジすぎ。でも、よくC取れたね。すごいじゃん」

「出た! 才女の嫌味だあ!」

「A取ってから言いな!」

「きゃー!」


 大きな猫が小さな猫にちょっかい出してるみたいで、2人の会話は面白い。

 メイリは予習範囲を間違えて、ディスカッションが始まってから、しばらくみんなと話が噛み合わなかった。でも、途中で気づいてC評価まで持ち直したんだから、それって結構すごいと思う。ビアンカの言う通り。


 さっきから黙ってるクララの方を見たら2人の様子を見ながらプリンを食べてた。カレーより先にプリンなの?

 私の視線に気づいたのか、クララはこっちを見てから空になったプリンの容器を揺らす。そして、思い出したように言った。


「昨日、ユウヒとクラブ・ジャックに来てた?」


 じゃれあってるメイリとビアンカが、ぴたっと黙り込んでクララに視線を向ける。クララは、2人を黙らせるつもりはなかったみたい。私の返事を待つように、首をかしげる。


「い、いたよ。クララもいたの?」

「アルバイトのトライアルしてたから」

「そうだったの?」

「うん。セキュリティで働くことになった」


 メイリは小さい顔に笑顔を弾けさせて、ビアンカは反対に、眉をひそめた。私の顔は、多分その中間みたいな曖昧な感じ。


「すごーい! やったね、メイリ!」

「倒れたクセに、踊りに行ってんの?」

「ク、クララよかったね。昨日は、早い時間に少しだけ観覧席で座って音楽聴いてただけだよ」


 その全部の反応に、クララは大きくうなづいて答えた。それだけで話が解決するんだから、やっぱりクララは頼りになる。

 まだ眉毛を釣り上げてるビアンカが、画面を早々に切ってランチを食べ始めた。


「クラブに行ったってことは、アイツは回復したわけ?」

「そうみたい。学校も、普通に行ったって」

「ほんとに、昔のコンピューターっぽいね。直ったら、ケロッとした顔で動いてるとか」

「今回はエラーが出なくて平気だったって言ってたよ」

「じゃあ、エラー出ることもあるんだ?」

「……多分。あの機種は、そうみたいだよ」

「機種?」

「調べてみたら、書いてあった」


 図書館で見た内容は、今でもなんとなく口に出せる。でも、3人がこっちを見てるから、私は言葉を飲み込んだ。

 メイリはニコニコしてるし、ビアンカはまた眉をひそめるし、クララはカレーを食べ始める。一番なにを考えてるのか理解しにくいのはクララだけど、想像しにくいのはビアンカ。


「アンタさあ、思ってる以上にアイツに入れあげてない?」

「そ、そんなこと、ないよ」

「この前会ったばっかりなのにさ。アンタにしては、早く打ち解けすぎ。赤の他人同士が、そんなすぐに意気投合する?」


 すると、メイリがパスタをフォークに巻きながら口を挟んだ。


「えー? 気が合うなら普通だよ」

「アイツの手のひらの上で、いいように転がされてる気がするんだけど」

「ビアンカは頭硬いんだよー! こういうのは理屈じゃないんだから」

「だって、ちょっと前の野菊が、男とクラブに行くなんて想像出来る? アタシには無理だね」

「それはそうだけどー」

「それに、アイツと関わり出したらキングまでちょっかいかけて来て。不自然すぎ」


 2人の会話の間で、クララは黙々とカレーを食べる。話題は一応私についてなんだけど、私の入る隙間はちっともない。

 油断してたら、メイリが零れ落ちそうなくらい目を大きくしてこっちを見た。


「大変! 野菊が、クラブ通い大好きなケバい子になっちゃう!」

「そ、それはさすがに……」


 フォークを放り出しそうな勢いで、メイリが私の手を握る。小さくてあったかい手がぶんぶんと上下に振って、私を体ごとゆさゆさ揺らす。


「野菊がどんなになっても、友達だよ! 一緒に遊んでね! グミパーティーもね!」

「う、うん、するよ。するし、その前に、ケバい子にはならないよ」

「わーっ、よかったあ!」


 感動の再会みたいに、思いっきりメイリに抱きつかれる。ころころ変わる表情と、ポンポン飛ぶ話。古典の戯曲よりも、メイリの方がずっとドラマチック。


 すると、目の前にポップアップ画面が出た。私だけじゃない。食堂の全員に、その通知は届いたみたい。


『アンケート予告(20番台地区出身者向け)


学生各位


xx大学xxマーケティング研究室より、本学にアンケート協力依頼がありました。登録出身地区が第20~29地区の学生には、アンケートが届く場合があります。本件は無作為抽出のため……』


 よくある、学校からの一斉メール。私たちには関係ないから、ちらっと見てすぐに画面を閉じる。やっとテーブルから通信画面がなくなって、ランチらしい景色になる。うん、やっぱりこの方が落ち着く。



 ちょっとした沈黙を破るのは、案外クララのことが多い。


「ユウヒって、どこ出身なの?」

「10番台の前半って言ってた気がする」

「野菊と近いんだ」

「クララたちの地区よりは近いけど、それほどでもないよ。うちから前半の地区なんて、バイクで30分は走らないと行けないよ」

「うちの方だったら、30分もあったら30から40まで2周出来るね」

「そっちは都会だもん」


 すると、黙ってたビアンカが、画面を立ち上げた。開いたのはさっきの個人ページ。


「コイツの検索する日が来るなんて、腹が立つけど」


 データベースに繋ぐと、他の人の簡単な情報も見られる。例えば、同じ授業を取ってる中で、このスキルを持ってる人いないかなって探す時は、ここで探すと楽で確実。さすがに、他の人の成績は見られないけど。


「ユウヒとの共通点は?」


 ビアンカが見せてきたのは、クリストファーのページ。彫刻みたいな顔が、満面の笑みでこっちを向いている。


『クリストファー・マッケネン・スカイル

12回生

所属:フットボール部(部長)、スノーフライト部

出身地区:第12地区』


 私たちは顔を見合わせた。それに、私は思い出した。


「ユウヒの出身も、12地区だった気がする」

「コイツら、やっぱり裏で繋がってて、アンタを罠に嵌めようとしてんだよ」

「で、でも、ユウヒはキングと仲良くないって言ってたし、私なんか嵌めても……」


 冗談かと思ったけど、ビアンカは結構真剣な顔してる。頭がいい人って、どんなことでもちゃんと考えないと気が済まないのかも。

 この話題は、メイリの好奇心を突っついたみたい。目をきょろきょろ動かしながら、考え事をしてた。


「でもさあー、キングとユウヒが仲良いなんてある? だって、キングだよ? 寮にドローン持ってくるだけで騒ぎになる有名人じゃん」

「そりゃそうだけど、ユウヒを迎えに行けって言ってきたのはキングだよ。野菊、他になにか心当たりは?」

「……キング、クラブ・ジャックのDJになりたがってるんだって。でもユウヒは、“クリストファーは他のクラブの方が向いてる”って言ってたよ。それとー……」

「それと?」


 ビアンカとメイリが、私の顔を覗き込む。サラダを食べてたクララは、その様子に気づいて急いで私を見た。ごめんクララ、興味のない話に付き合わせちゃって。


「……キングに聞かれたの。“ユウヒが機械頭になった理由を知ってるか”って」

「わかった! 企んでるのは2人じゃないんだよ。キング、同じ地区出身の男の子が、自分より先にDJやっててムカついたんじゃない? で、野菊を使って、ユウヒをクビにしようとしてるんだ!」


 ほんとに?

 ほんとにそんなことで、クリストファーは私なんかに話しかける?

 住む世界が違う相手に?

 病人だから走らせるなって気遣った男の子を、クビにするために?


 メイリとビアンカは、顔を見合わせてうなづいた。会話がぽとんとテーブルの上に落ちて、なんとなく2人は、納得したみたい。ビアンカは、私の手を握る。


「ねえ、アンタはいいやつだよ。だから、心配なんだ」

「だ、大丈夫だよ、そんな」


 もう片方の手を、メイリが握ってくる。


「野菊になんかあったら嫌だもん。気を付けてね」

「う、うん。ありがとう」


 正面にいるクララは、そんな私たちの様子を見ながらジンジャエールを飲んでいた。メイリとビアンカに見られて、私の困った顔につられて、首をかしげる。

 それから、目をきょろきょろさせてから、こう言った。


「護身術なら、いつでも教えるよ」


 クララに教わったら、私でも強くなれるかな。




 全部の授業が終わって寮に戻ると、メイリは出掛けてた。静かな部屋で、ベッドに座る。窓の向こうから、何人かの笑い声が聞こえた。これから遊びに行くのかも。


 1人になると、考え事が勝手に走り出す。

 本当に、クリストファーはユウヒをクラブ・ジャックから追い出そうとしてるの?


 昨日の夜、私の隣で音楽に笑ってたユウヒを思い出す。

 クラブ・ジャックを「楽しい」って言ってた声が、懐かしい。ユウヒからあの場所を、誰にも奪ってほしくない。

 だけど、本当に?


 思い切って、耳たぶに触れた。通話画面が立ち上がる。通信履歴を見て、名前のひとつに触れる。何度か息を大きく吸って、大きく吐く。

 もしもし、もしもし。練習する。


『はい』

「も、もしもし」


 見えない声が、ため息をついた。

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