第28話 「ダッツーの♪」

 放課後の帰り道、俺と春香は今日もアイスを買いにスーパーに寄っていた。

 アイス売り場に来ると、春香がハーゲンダッツを取り出して言った。


「ダッツーの♪」


 春香はハーゲンダッツを持ちながら、両の二の腕で胸を挟んで、ことさらに強調するような可愛いポーズをとる。

 男の子的には嬉しいというか、ちょっと視線のやり場に困るんだけど、


「え、あ、うん?」


 しかし俺の反応は胸以外には薄かった。

 というかよく意味がよくわからなかった。


「ダッツーの♪」

 そんな俺に、春香がもういちど同じフレーズとポーズを繰り返す。


 だから胸をいたずらにアピールするのはやめてくれ。

 俺も男の子だから、アピールされるとついつい見ちゃうだろ。


 春香の胸はその、結構大きいんだし。


「ごめん、春香がなにを言いたいか、ぶっちゃけよくわからないんだけど……」


 俺は正直に言ったんだけど、


「『だっちゅーの』とハーゲンダッツをかけたんだよーん」

 春香からはそんな答えが返ってくる。


「えっと……そもそも『だっちゅーの』っていうのは何なんだ?」


「ええっ、知らないのこーへい。20年くらい前に流行語大賞にもなったフレーズなのに」


「いや生まれる前の流行語とか言われても……」


 普通はそんなものは知らないだろう。

 春香は雑学王にでもなりたいのかな?


「ううっ、こーへいとのジェネレーションギャップを感じるよ。わたしもおばさんになっちゃったのかな……」


「いや、俺たち完全に同い年だよな? もしかして人生2周目なのか?」


「まぁそれはいいや。そういうわけなので、お小遣い入ったから、今日はこーへいにダッツおごってあげるよ。前にパピコおごってもらったし」


 さすが女子高生、切り替えがはやいなぁ……。


「ダッツとパピコじゃ上下えらい違いだろ、値段的な意味で」

おごられたらおごり返す、倍返しだ!」


 春香がどや顔でそう言った。


「まあそこまで言うなら……ごちになります!」

 俺はリッチミルク味を、春香はストロベリー味を選んだ。


 俺たちは前と同じように、スーパーのイートインで涼みながら、アイスを食べ始めたんだけど、


「こーへい、はい、あーん♪」

「うええぇぇっ!?」


「なにその反応、ちょお傷つくんだけど……」


「いやだって、人がいるだろ……?」

「スーパーのイートインだもん、人くらいいるし」


 イートインは混雑とまではいかないまでも、そこそこ人がいる。

 しかも、だ。


「ここは地元だぞ、知り合いの母親とかで俺たちのことを知っている人もいるかもしれないだろ。そんなところで『あーん』とかやって、巡り巡って親に知られたら死ぬほど恥ずかしいだろ?」


 俺は至極当然の指摘をしたんだけど、


「いいじゃん別に。はい、あーん♪」

「ええっ……」


 恋愛モードで押せ押せな春香には、まったく通じてはいなかった。


「ほら、こーへい。アイス溶けちゃうよ?」

「う……わかったよ」


 ダッツに罪はないもんな。

 俺は意を決して、春香の差し出したスプーンをパクっと口に入れた。


 すぐにストロベリーの爽やかな甘みが、口の中に広がっていく。


「どう?」

「美味しい……でもすげー恥ずい」


「えへへ、わたしたちバカップルみたいだよね」

「みたいじゃなくて、これは完全にバカップルだよ……」


「じゃあ今度はこーへいの番ね。わたしにあーんして」

 言って、春香が可愛らしく口を開けた。


「マジか」

「あーん♪」


「あ、あーん……」

「はむ……うん、美味しい。こーへいの味がする」


 言いながら春香がぺろっと舌で唇を舐めとった。

 俺のリッチミルクな白濁液を舐めとるのが、すごくえっちだった……。


 俺がなんともいいようのないムラムラとともに、思わず春香の口元に見とれていると、


「ん? どしたのこーへい、わたしの顔をまじまじ見ちゃって。あ、もしかして可愛すぎて見とれちゃってたり? いやーん」


 ほっぺに手を当てた春香は、くねくねと身体をゆすりだした。


「そのまさかだよ! 唇についた白いものを舐めとる春香がエロすぎなんだよこんにゃろ! そんなもん見せられる純情男子の気持ちを少しは考えろよな! この前のキスとか思い出すだろ!」


 ――などとは言えるはずもなく、


「はいはい、可愛い可愛い。春香は可愛いね」

「ぶぅ、なにそれ。ちょお適当だし」


 俺はことさらに無関心を装って、心に沸き起こるイケナイドキドキを必死に押し殺していたのだった。

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