第22話 「そっかぁ……。えへへ、残念」

「俺は――――正直よくわからない」


「そっかぁ……。えへへ、残念」


 率直な――けれど、ただただあいまいな俺の答えに、春香が少し落胆したように苦笑いをした。


「ごめんな、こんな答えしか出せなくて」


「ううん、正直に気持ちを伝えてくれたことはむしろ嬉しいし」


 そう言った春香の声には、言葉のとおり、俺を責めるような色合いは全くと言っていいほど感じられなかった。


 だからこれは、そんな春香に申し訳なくて言い訳をしようと思ったわけじゃない。


「でも俺は春香のことをすごく好ましいと思ってる――と思う。一緒にいるとすごく楽しいし、話しているだけで幸せな気分になれるし、春香に嫌われたかもって思ったらすごく落ち込んだ。だから春香に、それなり以上の好意は抱いている――はずだ」


 ――これが俺の素直な気持ちだった。


「でも、好きってわけじゃないんだよね?」


「……実のところさ。好きって気持ちが、好きになるって気持ちが今の俺にはよくわからないんだ」


 より正確に言うなら、千夏以外の女の子を好きになるって気持ちが、俺にはよくわからなかった。


 俺にとって千夏は他の何も目に入らなくなる程に――それほど大きくて大切で恋がれる存在だったから。


「そっか……でも好意を持ってもらえてるなら、まだまだわたしチャンスありってことだよね。だったら今はそれでいいかな」


「……なんか意外だな。『わたしのことキープしようとするなんて不誠実だし!』って責められるかもって思ったのに」


「それこそ心外だし。好きな人が一生懸命考えて本音で答えてくれたのに、怒ったり責めたりするわけないもん」


「お、おう……」

 なんかもう、ここまでくるとどこぞの新興宗教の教祖様もびっくりな信頼されようだ。


 でも。

 だったら俺もそんな春香の信頼には、できうる限りの信頼で応えないといけないよな――。


 そうでなくても俺は春香を泣かせてしまったんだ。

 ちゃんと理由を話してけじめをつけないと、俺は男として失格だ。


 春香のためにも、なにより変わろうと決めた俺自身のためにも。


 2人のこれからの関係のためにも、俺は心にしまっていたアレコレを、今から春香に打ち明けようと思っていた。


「なぁ春香。少しだけ昔話をしてもいいかな? 多分俺以外の誰が聞いてもつまんない話なんだけどさ」


「わっ、わたしそれ聞きたい! もっとこーへいのこと知りたいもん! それに……理由があったんでしょ? あの時怒った理由も、もしかしてそこにあったりするのかなって思うし」


「変なとこで鋭いなぁ……そうだな、どっから説明したもんかな……。えっと千夏はさ――」


「千夏って……?」


「ああ、相沢千夏。あいつは俺の幼馴染なんだ」


「え、そうだったの!? あれ? でも2人が話してるところとか見たことないかも。昨日もまったく挨拶してなかったよね?」


 春香がちょこんと可愛らしく小首をかしげた。


「その辺も後で話すよ。まぁそれでさ、幼馴染の俺と千夏は家族ぐるみの付き合いがあったんだ。家も隣同士で、物心がついたころにはもう一緒でずっと兄妹みたいに育ってきた」


「うわっ、そんな話がほんとにあるんだ。なんだか漫画みたいでステキかも……!」


 春香が目をキラキラさせる。

 でもその気持ちは俺にもよく分かった。


 と言うのも当の俺自身が、ずっと漫画みたいな関係性だって思っていたから。

 漫画みたいに2人は付き合うようになるって、そうなって当然だと思い込んでいたから――。


 特別な係性だけに胡坐あぐらをかいて、ろくに自分を磨くこともせず。

 それで何も考えずにアタックして見事に玉砕するんだから、俺はほんと、どこに出しても恥ずかしくないくらいにどうしようもない馬鹿だったよな。


「そんな俺は昔からずっと千夏が好きでさ、千夏以外の女の子のことなんて考えたことがなかったんだ。千夏とくっつくのが当たり前って、そんな風に何の根拠もなく思い込んでたから」


「あ、そっか……そういうことか。さっきのは、相沢さん以外を好きになる気持ちが分からないってことだったんだね。うん、納得したよ」


「そういうこと」


 きっと子供のころから千夏のことが大好きで。

 そこから何年も積み上げてきた恋心は、もう俺の身体の一部みたいになってしまっていて。


 そんな俺だから、人を好きになるという過程を、千夏以外を好きになるという気持ちを全く知らなかったんだ。


「それでさ、そんな馬鹿な俺が、意を決してこの前の春休みに千夏に告白したわけだ。付き合おうって」


「そ、そそそそれでっ!?」


 これは聞き逃せないとばかりに、春香がガバっと身を乗り出してくる。

 顔が近づいたせいでシャンプーか何かのいい匂いが漂ってきて、俺はまたもやドキッとさせられてしまった。


 今感じている胸の高鳴りによって、脳裏によぎる過去の想い出の苦さを相殺しながら、俺は話を続ける。


「今の俺を見れば察しはつくだろうけど、それはもう見事に玉砕したよ」

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