大きな白い猫

大箸銀葉

大きな白い猫

 刺さるような風だった。空気の流れは的確に私の胸を貫いた。ぽっかりと穴が空いたのを

ほかに誰が気づくというのか! それは本当のことではない。しかし嘘ではなかった。歩道の隅で立ち止まる。全身の汗腺が鼓動している。ググググと細かく震えるのがはっきりとわかった。

 生きる道を見失っていた。やってもうまくいかない。それなのにうまくいくまで続けるほど自分を信じられなかった。私は空想家だった。自分を騙すのは得意だ。だからこそ自言葉を信じることができなかった。嘘で塗り固められたのを知っている。ホンモノなんてどこにもなかった。私は全て偽物でできている。理想も現実もなくなった虚の世界を生きている。

 ヒュルル、ヒュルル。乾いていた。ゾッとした。今日はよく晴れていた。面倒事が降りかかっている気がした。悪い予感は外れたことがなかった。ああ。きっと今、誰かが私を馬鹿にしている。死んだほうがマシだと笑っている。空想ではなかった。

 願わくばこのまま歩いていきたかった。現実を忘れるまで歩いて、夢の中にまでズンズン歩を進める。ふっと心が軽くなって空を飛んでいる感覚に陥る。きっと成功する。私には私しかいないのだから。するとあんなに高圧的だったビル群がボウフラの塊みたいに見えてくる。天辺なんて大したことはない。屋上にはトマトの花が咲いている。そっとむしり取った。生命の緑が腐っていく。私は安心した。

 映画でも見たい気分だったが、心が惹かれるものがなかったから歩くことにした。突風が一つ吹いた。向かい風だった。寒さと痛みが激しく襲った。これが生きているってことなのか? そうではなかった。私は生きていなかったのかもしれない。私は死ぬのがあんまり怖くなかった。

 大通りをずいぶんと歩いた。扁平足の足裏に熱が出た。しびれるような感覚。痛みはなんとはなしに相応しかった。欲しいもののうちの一厘は手に入った気がした。太陽が眩しい。背中が熱い。汗が垂れる。これもこれも全部嘘。

 大きな大きな白い猫がふと私の前を横切った。それは私の予期を大きく外れて茂みの奥深くへ入っていった。カサリと音を立てた後にしばらくの静寂があった。ーーあの猫は間違いなく生きているーー私は猫を追いかけた。死にたくないという気持ちが強くなった。生きるのに必要ない知識を目印に落としていく。心についた錆をきれいに洗い流す。西の空にかかる羊雲はのんびりと流れていた。

 ところで猫は見つからなかった。人が通るには小さすぎる抜け道を使って逃げてしまった。私は小石を手に取ると土を引っ掻いて「ありがとう」と傷つけた。

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大きな白い猫 大箸銀葉 @ginnyo_ohashi

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