第6話 資料という盗撮写真と初芝嬢
▼1-2 第一話.探偵と象②
『あたしが見たのはね、うン、お店の前なのね。ああ、お店っていうのは
もう夜だったから、センパイはバイト終わって帰るところだったと思う。うン。ちなみにあたしは中学の部活仲間で打ち上げして、友達グループに分かれてハケる途中でね、隣の県の高校に行くナーコがさびしい、さびしいって泣きすぎてゲロ吐き出して大変だったのね。道ばたにぶちまけちゃったけど、うン、雨降ってたし流れるからまぁいいかって。え? ああ、ごめん鞠、ナーコのことはいいよね。汚い話してごめんね。
えっと……そんでね、糸口センパイが店から出てきたら、雨降ってたのね。だからセンパイ困ってたんだけど、うン、そこに女が現れたの。背はセンパイと同じくらいかな……ハデな赤いカサ差して、ハデに染めた長い髪してて、でもって見るからにナイスバディ。
そんな女が、センパイになれなれしくしてさ。おかしいよね、鞠の彼氏なのにね。
女はセンパイを見るなり急に抱きついて。なんだか泣いてるみたいだった。涙と雨で化粧がくずれてみっともないったら。
センパイはあわあわしてそれをなぐさめてね、ちょっと落ち着いたら同じカサに入って帰ってったのね。あいあいガサだよ、腕なんか組んじゃってね。ありえないでしょ、ヒトサマの彼氏と。センパイも全然いやがらなくて「きっとだいじょうぶ」だとかなんだとか猫撫で声で甘やかして、うン、アタマくる。
うわ、ウワキ現場見ちゃった!って、思わず写真撮っちゃったよ。うン』
その後も初芝さんの話は続いたが、友人関係の愚痴とか自分の持ってる傘のブランドがどうとか、要領を外しまくった話しぶりであまり実のないものだった。
「──と、まぁ、たしかに、聞く限り女友達って感じじゃないし、浮気……なのかな」
簡略にまとめて話し終えると、俺が話している間に弁当を食べ終えつつある山田雨恵がからかうように言ってくる。
「あれじゃないの? マンガとかでよくある、実は妹でしたーとか」
「いや、それはないらしい」
俺は昇降口の自販機で買ってきた緑茶で口の中の物を飲み込み、続けた。
「先輩の家は四人暮らしで、妹さんがいるけど琴ノ橋さんは会ったことがある。その……傘の女性とは別人なんだって」
「ああ、写真あるんだっけ」
その写真は、「資料」だとして俺のスマホにも送られてきている。糸口先輩と問題の女性が仲睦まじく身を寄せ合って、一つの傘の下に収まっている──そんな写真だ。初芝さんは「見るからにナイスバディ」などと古風な表現をしていたが、なるほど、体のラインが出るタイトな服を自然に着こなすモデル体型だ。
それにしても、まさか自分のスマホに盗撮写真を入れて持ち歩くことになるとは……これも家業の宿命だろうか。
「相手が泣いていたのなら、別れ話だったのでは?」
と、これは雪音だ。……意外とがっつり聞き出しにくるな。元来が生真面目だからなのか、思いのほか真剣な目で訊いてくる。俺は首を傾げた。
「でも、慰めていっしょに帰ったわけだし、なんにしても仲直りしたんじゃないかな」
「つまり、その人が一人目の浮気相手だというわけですか」
「そう、琴ノ橋さんは思ってる」
「まぁ、マリーとしては面白くないだろーね。自分の彼氏が知らない女とそんなことになってたら」
雨恵の方は、雪音と違って真剣味がない。残っていたおかずを──あまり好きでない具材なのだろう──ちまちまと口へ運びながら、なかば上の空で言う。
「で、その派手な傘の女以外にも浮気相手がいるんだって?」
「ああ。二人目は特に決定的だ。なにせ、先輩の家から出てくるところを琴ノ橋さんに目撃されてる」
『これ、あんま話したくないんだけどさ……解るよね? 彼氏が他の女といた話だし。
初芝が最初の女を見てから……三日くらい後だったかな。傘の女のこと、探りを入れてみようとタツオに電話してみたの。話した感じはいつもと変わんないタツオで、なんにも隠し事なんかないみたいだった。
そもそもタツオって、将来映像関係の仕事したいって目標にまっしぐらの熱血クンでさ。三年前に親の仕事の都合でこっちへ引っ越してきて、そん時に飛行機の中で観た映画に感動して、自分もそういうことに関わりたくなったんだって。
あんな風に夢を語れる奴が浮気とかないじゃん、って、わたしもなんだか普通に話しちゃって。
で……その日、タツオの家、親が旅行でいなくて自分で御飯作るって聞いたから、行ってもいい?って訊いたの。
ん? ……ああ、違う違う。タツオの妹はいると思ってたから、泊まったりする気はなかったよ。家の親、そういうのうるさいし。
ともかく……バイトもあるし家事もしないといけないからって断られた。それは別にいいの。謝ってくれたし。問題は、その翌日。
やっぱり傘の女のことが気になって、朝からタツオの家まで行ってみたの。
そこで……悪い予感は当たっちゃったわけ。予想とは相手が違ったけどね。
わたしがタツオの家が見えるとこまで来たら、その家から女が出てきたの。
遠目だったけど、傘の女じゃなかった。髪は黒くてショートカットだったし、服も地味でジーパンとかだったし。背はタツオと同じくらいだったけど、体のラインが出る服を着てたから女なのは間違いない。
タツオも見送りに出てきて、なんか二三言話して戻ってった。
その時の様子もちょっと変で、近所に見られてないか気にしてた感じだったの。わたし、思わず電信柱に隠れちゃった。
……わたしはなにも悪くないのにさ! どうなってんの!?
今ではそんな風にムカついてるけど、その時はわたし……アタマ真っ白になって、心臓バクバクで、タツオを問い詰めることも女を追いかけることもできなかった。親がいないはずの家から、昼前に女が出てくるんだよ? もう決まりじゃん……しかも初芝が見たのとは別のやつ。
それでも、まだ冷静なところが残ってたんだね。タツオの妹に電話してみた。……あ、わたし、妹ちゃんともすっかり仲良しで、たまに二人でカフェめぐりするくらいだから。メイクとか教えたらすごい喜んでくれてさ。素直でよく笑って、ホントいい子なんだ。
そんな中学生の妹のいる家に女を泊めるわけない、って思ったんだけど……なんか妹ちゃん、部活の合宿とかで山の中にいるって言われてさ。次の日まで帰らないって。
……つまり、その日、タツオは家に一人きりで、その家から知らない女が朝帰りしたってわけ……
解るよね? わたし、傷付いてんの。なんとしてでもあの女のこと突き止めて、けじめ付けたいの。だからよろしくね、
そう語った時の琴ノ橋さんの、涙をにじませつつも凄惨な眼を思い出すと背がすくむ。錯覚だとは思うけど、男という共通項だけで怒りの意思をぶつけられている気がした。
琴ノ橋さんの証言を自分の言葉に直しながら語り終えると、雨恵は「うへー」と漫画じみた息を吐いた。
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