第15話 「籠の鳥は空へとはばたく。」

青空は白くたなびく雲を纏い、どこまでも晴れやかに広がっている。

蒼穹に君臨する太陽は悠々と地上を見下ろし、ひたすらに燦々と輝いていた。

ここ西の大陸では、太陽は万象を生み出した神の眼と伝えられている。


それは遥か昔。

先住民であったイェロキ人の自然崇拝と、

神は唯一であるとするローシィ人の二つの祈りの形が融合した結果であった。


三世紀前。

西のシニュー大陸を支配せんとやってきたローシィ人は、

先住民たるイェロキ人と何十年にも及ぶ熾烈な争いを繰り広げた。

血生臭く泥臭い争いに幕を下ろしたのは、ローシィ人が故郷である東大陸から取り寄せた新種の兵器。

敵味方共に甚大な被害を及ぼしたこの戦争の勝利者は、僅差で侵略者であるローシィ人となった。


しかし、その戦争の代償はとてつもなく大きかった。

ローシィ人は自らを送り込んだ故郷の東大陸から見捨てられた。

イェロキ人は大半の人が死に絶え、生活がままならなくなった。

そこで彼らは手を取り、和睦へは至らなかったものの、共存する道を選んだ。


元々は侵略という形でシニュー大陸へと訪れたローシィ人であったが、

イェロキ人と長く接していくうちにやがて自然を崇めるイェロキの文化に染まり、

その宗教もまた自然と変革を遂げていった。


つまりローシィ人は万物を統べる彼らの神を、イェロキの崇める太陽と融合させた。

元々の一神教はそのままに、多神教的一神教へと信仰の形を変えたのだ。


これこそが戦争により深い確執を持ってしまった、ローシィ人とイェロキ人の和睦に繋がる道と信じて。


「主神の教えは捨てない。より新しきものへと形を変えるだけだ。

 攻撃ではなく、歩み寄ろう。分かり合う姿勢を取ろう。

 我らは大地に生きる同じ人だ。

 肌の色、髪の色その区別になど、どこまでも意味などないのだから」


イェロキもまた、これを受け入れた。

二つの人種は努力の末に、恒久的な和睦を実現させた。


「遥かな高みより瞬く太陽は、この世を統べる父の眼である。

 神の眼はすべてを暴く。故隠し事は通用せぬものと心得よ」


そして西のシニュー大陸に一神教とも自然崇拝ともまた違う、新たな信仰の形が誕生した。



蜘蛛の糸を彷彿とさせる白い道の上を、小さな荷馬車が走る。

明らかに庶民用と見て取れる、運搬用の粗末な四輪の荷馬車。

所謂コーチの上で、今は青年と幼子が揺られていた。


茫漠たるセレストの空を見上げ、感嘆の声を上げる幼子は乙女。

その傍ら。コーチの柵から長い足を投げ出し、荷台の上に仰向けに横たわる青年はアーサー。

完全に四肢の力を抜きぐったりと脱力している姿は、通りすがりに目にすれば死体のようにも思える。


「ねぇおじさん。

 駅まではもう少しかしら?」


「そうだねぇ。

 あとちょっとの辛抱だから、我慢してくれぃ」


「だってアーサー」


幼子へと変じた小さな手で、乙女はアーサーの額をさする。

返事もままならないのか、アーサーは蒼ざめた顔でただ頷くだけだった。

彼は現在。ガタガタと車輪を通じて荷台全体に伝わる不規則な振動によって、

およそ快適とは言い難い旅路を満喫していた。


遡ること数時間前。

延々と続く白い道を進んでいたアーサーは、運よく村唯一の荷馬車を発見した。


「万象を照らせし我らが父よ、あなたの巡り合わせに感謝いたします!

 ──おおい!そこの馬車!ちょっと来てくれ!」


思わず感涙にむせび、遥か彼方を振り仰ぐ。

重怠い足を引きずりながらの歩行は、苦行以外の何物でもなかった。

「千載一遇の好機とはまさにこのことか」と神へと感謝を捧げ、彼は荷馬車へと駆け寄った。


「運がよかったねぇあんたら。

 いやなに、ハーパーのばあさんが今朝がたから

 しつこくしつこく言うてくるもんやからさぁ」


結果として荷馬車を操る御者は、快くふたりを受け入れてくれた。

穏やかに笑う御者の話によれば、この荷馬車がこの道を通ったのは偶然ではなく、

村に住まうお節介焼きの老婆の手配によるものだったらしい。


ハイロ村の外れに存在する森は、仔細は不明だが村人たちから異様に恐れられている。

その森に外から訪れた物好きな人間が入って行ったのはいいものの、

一晩経っても戻ってこないとなれば、それは噂になって当然だ。


「森で暮らす怪物に食われたとか、森に住んでる狂人に殺されたとか

 やれ色々言われてんで、あんた」


「その説はご迷惑をおかけしました……」


日光を浴びてきらめく麦わら色の髪を揺らし、御者台に座る男は快活に笑う。。

荷車を引くロバを巧みな手腕で操るのは、壮年に差し掛かったイェロキ人の男性であった。

憔悴しきった声で感謝を述べるアーサーへ、イェロキ人の男は「ええよ」と歯を見せながら笑う。

その黄みがかった肌とは裏腹に、男の歯は真っ白で実に美しい歯をしていた。


「まぁええやないか。

 生きとったんやし、それで」


イェロキの男はそれを最後にアーサーに対する質問をやめ、後は何気ない会話へと移行した。

元々イェロキ人は、彼らの信じる信仰故か深い詮索はしない主義である。

彼らに言わせれば「悪い行いは太陽が照らすのだから、自分たちは深く探る必要がない」という事なのだろう。


そして男性は口にしていなかったが、彼は十中八九過半数の村人から悪い噂を流されている。

あんな村で悪評がはびこる森に好き込んで行く人間などまずいない。

いるとすれば隠れて生きるほかない凶悪犯罪者か、頭のいかれた人間だ。

ただでさえここは過疎化の進んだ農村部。

アーサーの暮らす都会とは違って、今なお偏見と迷信が根付く田舎である。

自然とそういう考えを抱いてしまうのは致し方ないことだ。


アーサーは深く一礼をする。

御者台からこちらは見えずとも、感謝の念を抱かずにはいられなかった。


「………………すみません、失礼を承知で一つ宜しいでヴぇ」


「ええからええからわかったわかった。

 もう寝とけ兄さん。な?」


御者台に座るイェロキの男性は、振り向かずとも全てお見通しらしい。

ひらひらと手を振る男性の言葉に甘え、彼は肢体を荷台の上へと横たえる。

以後アーサーは完全に口を閉ざし、ただの人型の置物と化した。

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