霊能力者紅倉美姫24 美人過ぎた幽霊
岳石祭人
第一章 美人過ぎる幽霊
二十代のカップルが所々綺麗にライトアップされた公園通りを歩いていた。ちょっとした店で軽く飲んできた帰りで、二人とも気分が高揚して、なんだか夢の中を歩いているような感覚だった。
底にライトの仕込まれた小さな噴水があって、今日のデートの記念写真のいいフォトスポットだと思った彼氏は彼女をその前に立たせ、携帯電話のカメラを構えた。
「はい、チーズ…」
昔ながらの合図でシャッターボタンを押そうとした彼は、ふと手を止め、カメラの向きを奥の植え込みの方に向けて、「カシャッ」と撮影した。
カメラを構えたままぼうっとした顔で噴水の裏の木の方を見ている彼氏に彼女は怪訝な顔でポーズを取るのを止め、
「どうしたの?」
と寄ってきた。
「いや……、それが……」
と涼やかな柳の下の暗がりを見ている彼氏の視線を辿って顔をしかめた彼女は、
「ちょっと貸して」
と彼氏の手から携帯電話を取り上げ、今撮影した写真を見た。
綺麗な女が映っていた。
彼女はキイと嫉妬して、
「なによお、わたしより他の女撮してえ」
と怒ったが、彼氏はぼうっとした顔のまま、
「映ってるよなあ……、女の人が………」
と、まだ柳の下を見ながら言った。彼女は何もない柳の下を見て、
「おーい、大丈夫?」
と、彼氏の前で手を振り、彼はようやく彼女を見た。
「その人、ぼうっと現れて、すっと消えちゃったんだ」
「えー、なにそれ? お化け?」
真顔で頷く彼氏を(ふうーん)と睨みつつ彼女は写真を確かめた。
着物を着た女がカメラを見ている。前の植え込みが邪魔をして腰から上しか映ってないが、暗い中で色が乏しく、言われてみれば長い髪の毛や肩の辺りが滲んで背景が透けているように見えなくもない。
これが本当にお化けならゾッとするところだが、まるで怖さは感じない。
それより彼女が気になるのは、また柳の下をぼうっと見ている彼氏の表情の方だ。
写真に写った女は、すごく美人なのだった。
ネット上で
《すごく美人の幽霊が出る》
との噂が出た。
やがて、
《本当に美人だった》
《この世のものとは思えない美女だった。あ、幽霊だった》
《美人過ぎる~。幽霊にしておくのはもったいない!》
と話題は盛り上がり、ついに、
《ついに撮影に成功した!》
と写真が出ると、一気にものすごいアクセスが集中した。
たしかに、
今の世にはなかなかお目にかかれそうにない美女だった。
写真は三枚、全身、腰から上、顔のアップと、それぞれ別に撮影されたものだった。
全身の写真では、日本の幽霊のお約束、袴をはいた足がちゃんと透けて消えている。
腰から上を写した写真を見ると赤い矢羽の着物を着て、袴は黒っぽい赤で、大正時代の女学生に流行した「矢絣(やがすり)えび茶袴」の服装だ。
顔のアップを見ると、斜めを向いた顔は、なんとなく物憂げで、はかない感じが漂っている。量の多い髪の毛を頭の前と後ろ二カ所に白いリボンでまとめ、背中に流している。面長で目が大きく、竹久夢二の美人画を理想的に実体化したごとくだ。理知的で慎ましくありながら、モダンな自意識を持ち、しかしそれは水晶の奥で息づいているごとく純粋でありながらまだか弱く壊れやすく、男どもにああ守ってあげたいとナイトを気取らせずにはおかない。十六、七の見るも美しい良家のご令嬢である。
この写真が「本物かどうか」なんてことはもはやどうでもよく、「この美しい人に是非お会いしたい!」と熱望する男子が巷に溢れた。
さて、
我らが「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」スタッフがこの美味しいネタを放っておくわけはなく、
「美女幽霊には美女霊能力者を」
と紅倉美姫、芙蓉美貴の美人霊能師弟コンビを伴って噂の都内の、比較的新しく整備されたおしゃれな街の、ビルの間を伸びる公園通りに、「出る」と噂される夜の十時から十一時を狙って行ってみると、そこはおしゃれな街とは一変した雰囲気になっていた。
ここは秋葉原か?、と思わず疑ってしまうように、
高価な一眼レフカメラを携え、オタクな雰囲気を纏った男性たちがうじゃうじゃと何するわけでもなくうろついていた。
本来のお客であるお洒落なOLやその彼氏たちは彼らを気味悪そうに遠巻きに通り越していった。
美しき女幽霊はだいたいこの辺りをさまよっているらしく、ただ姿を現すのは植え込みの木立、多くは柳の下であるらしい。
ひげ面熊の等々力ディレクターがこちらは現代最強の美人霊能力者に、
「先生、いかがですか?」
とお伺いを立てると、
「うーーーん……」
と紅倉が大正ロマンの女幽霊に負けじと顎に指を当て首を傾げるお得意のポーズで通りを見通していると、
何やら不穏な雰囲気の男たちがやってきた。
「あっ! やっぱりこいつ紅倉美姫だぞ!」
こいつ呼ばわりされて紅倉はむっとしたが、三人が五人になり十人と集まってきた男たちは、憎悪をたぎらせて紅倉とテレビスタッフを睨んで威圧し、危険を感じたボディーガード兼任の芙蓉が紅倉を守って前に出た。
陰湿な目で睨み付ける男たちの一人が言った。
「帰れよ」
すると男たちは口々に
「帰れ、帰れ、」
と、まるでサッカーフーリガンが試合に負けたアウェイチームに浴びせるようにコールしだした。
膨れ上がる一方の殺伐とした敵意に芙蓉は厳しい目で緊張した。
こっちも(先生に何かしたらぶっ殺すぞ)と最初に声を上げた最前列の男を睨み付けると、男はギクッと震え上がったが、負けじと醜く顔を怒らせて言った。
「おまえら、令子ちゃんを成仏させに来たんだろう?」
紅倉と芙蓉は揃って(はあ?)と眉をひそめた。
後ろから
「令子ちゃんじゃない、夢美さんだ!」
と声が上がって「あはは」と乾いた笑いが上がった。
芙蓉は彼らの発する白々として殺伐とした不気味なオーラに虫ずが走った。
「余計なことすんじゃねーよ、紅倉」
「俺たちから彼女を奪い取るのは許さねえぞ」
「さっさと帰れよ、白い悪魔」
再び「帰れ」コールが上がり、後ろから続々女幽霊ファンの男たちが駆けつけてきて、野太い男の声の合唱に芙蓉は気持ち悪くなってたじたじとなった。
騒ぎを見とがめて二人組のお巡りさんが駆けつけた。
「こら、君たち何をやってるんだ! ここでの集会は禁止だ。ただちに解散しなさい!」
「集会なんかじゃねえよ。この魔女が悪いんだよ!」
「そうだ!帰れえー!」
「帰れ!帰れ!」の声は止まず、お巡りさんも「やめなさい!」と声を上げながら、殺気立った異様な迫力の集団に押し寄せられて対処できず困惑した。男たちはカメラを向け、眩しいフラッシュを焚いてパシャパシャと写真を撮った。お巡りさんは「やめなさい!」と声を張り上げ、紅倉は芙蓉に守られながら白い眩しい光に目をつぶって顔をしかめた。彼らは得意になってシャッターを切り続けた。混乱を収められないお巡りさんは、こちらに矛先を向けた。
「あなた方は、なんですか?」
等々力ディレクターが代表して応対する。
「中央テレビの番組の取材です。区に届け出て取材許可はもらっとります」
「うん、そう。しかしなあ……」
お巡りさんは紅倉に目を止め、おや?という顔をしたが、平静を保ち、
「とにかくこういう状態を引き起こしてもらっては、周辺にも迷惑ですし、ここはいったん署の方で事情をお聴きするということで」
と、とにかく取材班を引き離して事態の収拾を図った。
「それには及びません」
と紅倉がプンプン怒った声で言った。
「こんな不愉快なところ、わたし、知りません。もう帰ります」
等々力は慌てて
「先生、そんなあ〜〜」
と追いすがろうとしたが、
「はい。帰りましょう」
と芙蓉は紅倉の肩を抱いて守りながらさっさと引き返し始めた。
「帰れ帰れえー!」
「ざまあ見ろー」
「勝利!」
わははははあ、と屈辱的な笑い声とフラッシュを背中に浴びせられ芙蓉はカアッと怒りを燃え上がらせた。
「ああ、いいから、放っておきなさい」
紅倉も相当怒っているようで思いっきり不愉快そうに言った。
「あの馬鹿たち、だいぶ深く取り憑かれているわね。いずれ思いっきりひどい目に遭えばいいんだわ」
プンプンとそう言った紅倉だったのだが………。
ネットの情報によるとどうやらその日は女幽霊は現れなかったようで、掲示板には白い女悪魔紅倉への怒りの悪口が溢れ返っていた。
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