えとせとら(小話)

@_SMOG

歳の差恋愛事情

赤いショートヘアにセーラー服。腰に刀を携えて、乾いた砂の大地にて目の前の男を睨み付ける。

自分の2倍以上ありそうな腕の太さ。褐色の肌に古傷が多くいかにも肉弾戦を得意とするような見た目だ。

男が先に動く。間合いを詰めて右ストレート、これをしゃがみで避ける。

下段斬りで斬り下がりながら間合いをつくり、ジャンプで避けた相手に合わせて刀の衝撃波を送る。

ガードして空中で押し下げられた相手を追って中段斬り、だが相手のほうが1フレーム早かった。

掴み攻撃からの叩きつけ、相手の攻撃コンボが続く。

だがやられっぱなしにはさせない。フィニッシュ直前のほんの一瞬の隙にしゃがみガードで相手の技を送る。

攻撃が当たらず動揺した相手の隙を突いてこちらの必殺コンボ。

切り上げて浮かせた相手を斬り刻み、赤髪が風でなびく。

鞘にしまった刀に再度手を添えて、瞬刻。

無音となった空間に一閃、白い線が走る。…決まった。

K.Oと大きく画面中央に表示。


「よっしゃぁ!やりい!」


大きくガッツポーズしたのは色は違えど、こげ茶ショートカットの女20歳。

今のゲームはオンラインのいわゆる格闘ゲームというやつだ。

シンプルでわかりやすいシステムに、キャラクターが多くてそれぞれに設定もあるので意外と古参もいたりするゲームだ。

しかし社会人になってからゲームという趣味を理解してくれる人は少なく、仕事帰りにいつも1戦だけプレイしていた。

一人暮らしなのをいいことに彼女は奇怪な笑い声を漏らす。

なんと今の勝利で99連勝なのだ。明日の100勝目に胸が膨らむ。





「どうした黒田、この世の終わりみたいなため息ついて」

「白井課長…今日ケーキ買おうと思ってたのが無駄にならなくて嬉しいんです…はぁ…」


白井課長は直属の上司。独身47歳。歳のわりに若い子と喋れるタイプ。

支離滅裂な文章で察しがついたのか、"負けたのか"と右ストレートで殴ってくる。


「もう一戦だけって思って…欲張ったら、こんな様です…魔法騎士強かった…」

「あ?もしかして黒田、赤髪セーラー侍か?」


互いに顔を合わせてその間を沈黙が通る。

白井課長は私がゲームをしていることは知っているが、何のゲームかまでは知らない。逆に私もまさか課長が同じゲームをしていることは知らなかった。


「ええ!?滅茶苦茶強かったですよ!技の繋ぎ方とか明らかにプロレベルでしたけど!?」

「それは知らんが昔からあるだろあのゲーム。やけに強いと思ったら黒田だったのか」

「てか100連勝目!どうしてくれるんですか責任とってくださいよ!!」


やいやいと喚いていると課長が気まずそうに手のひらを見せて落ち着かせようとしてくる。私は犬ではな…社員の注目を集めてしまっていたようだ。

とすん、と自分の椅子に座って落ち着く。課長が机のメモに何かを残していった。

"99連勝祝いに飯でも奢ってやろうか"

絶対にデザートまで食ってやる。





「で、あのゲームにはまって彼女の髪形と同じにしてるんですよ可愛いですよね」

「ああそれで…似てるとは思ってた」


嫌な思い出は長く引きずらないタイプだ。

職場の間柄なのに仕事の話は一切せず、初めから終わりまでゲームの話だ。

課長は初めの短い愚痴も静かに聞いてくれるし、私の知らない小技を教えてくれるので勉強になる。

なにより仕事の時に見る課長よりもオフの課長は若々しく楽しそうだった。

楽しい時間があっという間に過ぎ、遅くならないうちにと帰路につく。

ごちそうさまでした、と折り目正しくお辞儀をして帰ろうとすれば方向を聞かれる。


「もう暗いのに女一人で歩かせる訳ないだろう。送ってやる」

「……課長には子供扱いされてるかと思ってました」


食事中は全然気にならなかったが、お店はおしゃれだった。居酒屋のように周りの喧騒に邪魔されずに楽しくお喋りできた。

仕事が終わってから今までなだらかなエスコートは年相応の配慮と気遣い。

一度だけ頭に置かれた手は優しく、控えめな香水が男性を意識させる。

相手は独身47歳。自分の2倍以上の歳の差だ。なのに何故、鼓動は早いのか。

急な緊張で胸が痛い。声がうまく出せない。それでも聞かずにはいられなかった。


「年下の女は、恋愛対象に入りますか…?」


今にも消え入りそうな声で、課長の耳に届いたかどうかもわからない。

課長の口角が優しく上がる。ああずるい、そんなに大人の余裕を見せつけられたら心臓がもたない。

"恋愛は自由だろう"、なんて。





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