幕間

龍御子と聖騎士達

 ゴトゴト、と規則正しい音と振動に揺られていく。けれども、その振動も音も全く不快じゃない。


「……」


 それは腰を掛けた座席が、もはやソファと言ってもいいほどに豪華で柔らかいせいだと思う。前に神殿守になるときに乗った馬車は、もっと狭くて座席も堅かった。

 振動も音も子守唄かのように感じる。


「……」


 天蓋と壁もしっかりと作られており、ガラスが嵌められた戸窓からは陽気な日差しが差してきている。もう移動する個室って言った方がいいくらい。

 当然、こんな豪華な馬車……いや、個室でもこんな内装は体験したことなかった。


「……」

「カリーナお嬢さん、まだ慣れないのかい?」


 対面から声がかかった。

 上品なウェーブがかかった金色の長髪と翡翠の瞳、整った美貌にそれを引き立てる典麗な体躯を持った女性、エルマ様だ。

 長くしなやかな脚を組み、頬杖をつきこちらを見ている。


「あ、えと……すみません」

「別に責めているわけじゃないさ。ただ、慣れなかったら無駄に疲れるぞ?」


 神聖殿の『勇者』によって構成された聖騎士、その最強の一人と名高い『茨の女帝』がふぅ、と息を抜く。

 その仕草ですらも絵画になりそうだった。


「ふふ……エルマちゃんは相変わらず優しいわ」


 エルマ様の隣、中性的な声で答える人——リストーレ・ロンゴ様が「不器用だけど」と、お茶目に黒い瞳をウィンクしてみせた。。

 釣り目でネコ科の肉食獣を思わせる顔立ち、それ後押しするかのように細身で鍛えられた身体、黒髪は短めに整えている。

 容姿や仕草からは男性か女性かはっきりと判断できない。


 けど以前、「私って男か女か分かりにくいみたいなのよねぇ……ああ、気にしてないからいいのよ。けどね、心はいつだって乙女ってことはおぼえておいてね?」と言っていた。

 正直、答えになってない気がします。


「うるさいぞ、クビにされたいか」

「あら、やだ! 急いで冒険者登録しないと!」


 エルマ様の発言に対し、わざとらしいくらいのリアクションでリストーレ様が答えた。口に両手を当てて、目を見開いているけど声音に全く抑揚がない。



「リストーレ様なら引く手数多でしょうね。あの『旋風の武人』はおろか、『炎熱の舞姫』からもスカウトが来ますよ」


 私の隣に座る、エルマ様より落ち着いた金色の髪と碧眼の男の人が答えた。

 穏やかな容貌——セス君にちょっと似ているかもしれない——に軽く笑みを浮かべ、エルマ様とリストーレ様のノリに合わせているカシェル・シール様だ。



「まあ! 気合い入れておめかししなきゃダメじゃない!」

「えと、リストーレ様がいなくなってしまうのは……寂しいです」

 出会ってから今日までの間、自分の面倒を見てくれた先生を想っての本音だった。


「あらぁ……お世辞でも感激しちゃう!」

「いえ、お世辞なんかじゃなくて!」


「放っておけ、カリーナお嬢さん。下手に乗れば終わらなくなるぞ」

 ため息交じりにエルマ様が言った。

 それも分かってはいますけど……その……


「もぉう! エルマちゃん、今日はノリが良くないわ!」

「あはは、エルマ様だってそういう日があります」

「うるさいぞ。というか、お前がストッパーにならなかったせいだ。カシェル」


 このパーティでのやり取り、やっぱり結構楽しいんです。




 村から出発して一週間、そしてセス君が村から出て行って……一か月経った。


 龍帝様から『龍御子』として力を賜り、エルマ様のパーティに加わった後でも、村に二週間ほど滞在してくれたのだ。



『いきなり素人を連れて行くわけには行かんな。そうだな……二週間ほど鍛えてやろう』

 エルマ様がそう言って、時間をくれた。


 ……私にもわかる。

 鍛えてくれるのもそうだけど、旅の準備、何より……みんなとの別れを惜しむ時間も含んでくれていた。


『稽古はこの二人に任せる。他にもわからないことがあれば、何でも聞いておくことだ』

 エルマ様が視線で示したパーティメンバーの二人が、リストーレ様とカシェル様だった。



『はあい、リストーレ・ロンゴよ。よろしくね』

 主に『恩恵』に関わることや、『龍脈』について詳しく教えてくれた魔術師様。いつも明るくて話しやすくて、けど捉えどころがない不思議な人。

 すごく気遣いが丁寧で、私が困っていると自然に解決するように手助けしてくれる。



『カシェル・シールです。僕も旅立って一年の新人ですので、お互い頑張りましょう』

 体術……ううん、その前の体力作りの段階から面倒を見てくれる勇者こと聖騎士様。容姿通りに優しくて、面倒見が良くて真面目な人。

 年も私より一つ上、そのせいか私が思い当たらなかったことを事前に教えてくれることが多い。


 二人とも、人柄も実力もエルマ様の仲間に相応しい人たちだ。

 出会って三週間程度の私でも、自然とそう思える。



 聖騎士最強の一人、『茨の女帝』エルマ様。

 魔術だけじゃなくて人柄でもパーティを支えるリストーレ様。

 「まだまだ見習いだから」と謙遜して、常に努力を惜しまないカシェル様。


 そして……新しく入った私。

 少しでも早く追いつかなくっちゃ、強くならなくちゃ。

 強くなって……そして、セス君を探し出して……




「……ああ、そうだ。王都に行く前にアモルに寄るぞ」

 エルマ様のその声で、思考を戻す。


「直接王都に行かなくて良いのですか?」

「あの堅苦しい神聖殿と老人共の顔を拝む前に、息抜きをしたくてな」

 カシェル様の問いに、エルマ様が「やれやれ」と言わんばかりに答えた。



 王都にある神殿……ううん、『英霊教団』の総本山である神聖殿。

 各地に点在する神殿と違って、本当に『英霊教団』一色になっている『神殿』……王国軍に席を置いているとはいえ、実際に聖騎士団を取りまとめるところだ。



 たしかに、アモルは観光街で遊ぶのにも息抜きするのにも適している。けど、本当にいいんだろうか?

 これまでの——私のことも含めた——ことを報告しに行くって仰っていたけど、遅くなるとエルマ様の立場が悪くなったりしないだろうか?


「あーら、いいわねぇ! カリーナちゃんも、良かったら街を回ってらっしゃい」

「あ、はい。稽古の合間にでも、そうします」

 リストーレ様がこういうなら、きっとエルマ様に何かお考えがあってのことだろう。意味もなくこんなことはしない証明だ。


 ……段々とエルマ様のことも、分かってきている。

 エルマ様は素直じゃないというか、照れ屋なんだと思う。発言こそ憮然としているかもしれないけど、ただの我儘でこんなことはしない。

 龍帝様から私を庇おうとしてくれた時と同じだ。


 傍若無人に見えても、実は他者への思いやりに繋がることがほとんどだ。


 あとは……聖騎士団の一員でも、『英霊教団』をあくまで一宗教としてとらえている。こういう部分は、テオドール神殿長やセス君と似ているかもしれない。



「……女一人ではあれだな。カシェル、お前はあの町の出身だろう? お前が付いて行ってやれ」

「あ……はい、わかりました」

 後ろ頭を掻きつつ、カシェル様が答える。どうしてか、頬もちょっと赤くなっているかもしれない。

 けど、エルマ様のお考えは分かった。



「いいわねぇ……カリーナちゃん、カシェルにたっぷりと頼りなさいね?」

「いえ、あんまりお世話をかけないようにします。稽古の合間に出歩く程度ですし……」

 エルマ様は、カシェル様の故郷がアモルだから寄ろうとしているんだ。きっと久しぶりに、両親や町の人達に顔を見させてあげるために。

 あんまり私に付き合わせないようにしないと、と心に決める。



 沈黙、何故かエルマ様もリストーレ様も眉根を寄せて複雑な表情を浮かべてしまっていた。



 あれ? 何か変なことを言ってしまっただろうか?

 隣のカシェル様に視線を向けても、「はは……」と乾いた笑いをしつつ、また後ろ頭を掻いているだけ。


 それにしても、『湖畔の町アモル』。

 セス君が、また湖に連れてきてくれていたら……一緒にアモルで遊んだんだろうな、と思う。








「ようし、久しぶりの実家だぞ? 喜べよカシェル!」

「あ、はい。はぁ……」

 目の前にある木造の民家を前にテンションを上げているエルマ様とは対照的に、カシェル様はちょっと落ち込んでいるみたい。

 なんでだろう? 故郷、それも一年ぶり——本人が言っていた——に実家に帰れたのに……


 気のせいじゃなかったら、馬車での会話くらいから元気がなくなった気がする。特に何もなかったと思うけど……ご両親と仲が良くないのかな?

 けど、それならエルマ様も配慮してくれると思うし……


 湖畔の町アモル、宿をとって自由行動……とはならなかった。

 まずは全員でカシェル様の実家にご挨拶に行くことにした。エルマ様とリストーレ様は一緒に旅をしてきた仲間だし、更に今後私はカシェル様にお世話になる。


 たしかに、一度はご挨拶に伺うのが礼儀だと思う。



 そんなことを考えている内に、コンコンと小気味いい音が聞こえてきた。

 扉をカシェル様がノックしたのだ。



『はい?』

 扉の向こうから、年配の女性と思われる声が聞こえてきた。


「僕です、カシェルです」

『……! すぐに開けるわ』


 その言葉通り、木の扉がすぐに開けられて一人の女性が現れた。

 白髪交じりの長い髪、優しそうな顔つきだけど今は突然のことに強張っている。多分、40歳くらいだと思う。


「お久しぶりです。只今戻りました」

「ああ、カシェル……あんた、ちょっと痩せた? ご飯、ちゃんと食べてる?」

「大丈夫ですよ、単純に……僕みたいな見習いでも、聖騎士は忙しいってだけです」


 カシェル様のお母さんの瞳に涙が溜まってくる。


「1年以上、顔も見せずに申し訳ありませんでした。その……」

 そこでカシェル様の言葉は途切れた。


「いいのよ……よく帰ってきてくれたね。あんたが無事に帰ってきてくれたらいいの」

 途切れたのは、カシェル様が優しく手を抱かれたから。

 手持無沙汰になっていた、その手を優しくとって泣いていた。カシェル様も「……母さんも、お元気そうで何よりです」と言ってお母さんの手を握り返した。


 その光景を見て、思い出した。

 私のお母さんとお父さんも、旅立つ前に泣いていたことを思い出して……少し涙が出そうになった。


 まだ、旅立って一週間なのにな。

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