鬼でも少年
※第四章 冒険者と補助者
以上のエピソード後のお話です。
夜明けとほぼ同時、今日もいつも通りに目が覚める。
すでに体に染みついた習慣のため、何か特別な理由がない限り起床時間はほとんどズレない。
さて、いつもなら隣のベッドで寝ている麗しい少女、フィルミナを起こさないように外へ出て鍛錬や走り込みをするのだが……
今日はちょっと違う。どうしても、気になること……いや、物があるのだ。
フィルミナを決して起こさないように、静かに自分の荷物から目的の物を取り出す。
持ち手も含めた全長はおおよそ1メートル、全体的に細身で軽く弧を描いた剣……いや、東国独自の製法で作られた刀という刃。
今は抜けないように柄と鍔をバンテージでぐるぐる巻きにして、黒塗りの鞘に固定させている。
龍帝からの餞別として貰ったものだ
そのバンテージを解いていく。
これに頼らずに強くなって、また会った時に突っ返してやる。
他人からすれば詰まらない意地かもしれないが、自分にとっては軽い気持ちで曲げたくない決意だ。
いや、頼らないっていうのは、『これ』を戦いに使わないって意味だぞ?
だから、な?
見ないとか、気に入らないとかは言ってないわけで……
心の中で言い訳しつつ、バンテージを解き終わると柄と鍔もあらわになる。どちらも異国の趣向を凝らしたものだ。
露わになった刀を見る、角度を変え、視点を変え……そして、思う。
やっぱり……格好いいな、これ。
本当なら怖いと感じるのが正しいだろうが、四度とは言え実戦も経験しているせいだろう。純粋に武器の本領を理解しつつ、向き合うような思考になっている。
自分の中の男子の心というか、童心というか、その部分が胸を打ってくる。初めて神殿守の制服に袖を通したような、ワクワクとした鼓動が溢れて止まらない。
ちらっとフィルミナの方に目を向けるが、相変わらず微かな寝息しか聞こえない。まだ安らかに眠っているようだ。
ちょっとくらい……なら。
童心と弾む鼓動のままに、姿見の前に移動する。
真っ白い髪に着いた寝癖を手で最低限直し、寝間着を出来るだけ整えて自分の姿を鏡に写す。
純白の髪と真紅の瞳、どうやっても荒事に向いていない顔、ちょっと高めの身長とそこそこ締まった体格、手足も長め……だと思う。
見慣れたそれら、だが左手に下げた刀があるだけで、何かが変わったかのように感じる。
慎重かつ用心深く、音も最小限に留めるように、ゆっくりと刀を抜く。
どうにかほとんど音もなく抜けた。
徐々に黒塗りの鞘から現れていく刀身だが……それをみて感嘆の声を上げそうになった。
なんだこれ!
現れた刀身は、ひたすらに綺麗だった。
薄く研ぎ澄まされて鈍く輝く片刃、それにうねった刃紋が刻まれている。まるで海の波のような、だが正確に凹凸を描く見事な紋様があった。
マジで格好良すぎる!
早鐘のように、だが決して不快ではない。どころか、その真逆の感覚のままに心臓が動いている。
そしてついに、鞘から刀身が全て解放された。
……こんなの、もう芸術品だろう。
出てきた感想がそれだった。
軽く弧を描き、極限まで研がれた刃、筆で描いたかのような波の刃紋、切っ先も丸みを帯びつつ鋭い。
改めて姿見で刀全体を見るが、非の打ちどころがない。
刀身だけではなく、見慣れない作りの鍔と持ち手も自然かつ完璧に組み合わさっている。そして、気付いた。
自分の口から、自然と感激の吐息が静かに漏れている。
口を閉じ、改めて刀とそれを持つ自分を鏡で見る。
ごくり、とつばを飲み込む。
左手に持っていた鞘を静かに床に置き、正面から姿見と相対する。
見慣れた自分が仁王立ちしている。一ついつもと違うのは、右手に薄刃の美しさと鋭さが輝いているところだ。
ゆっくりと、右手の刀を正面に、左手で柄の部分を持つ。
切っ先を相対する物に向けるように、利き足を前に、真正面から剣で答えるかのような中段の構え。
正眼。
そのまま刀を持つ両手をゆっくりと上げていく。
しっかりと持った手を顔と同程度の高さ、刀は立てつつ切っ先の方が軽く後ろに、刃は相手に向くようにする上段の構え。
八相。
持つ手の高さはそう変わらず、だが切っ先を相手に向け、刃を上に。
足を開き、肩を前に持っていき、身体の中線をずらして相手と向き合うように。
霞の構え。
……ちょっと、いいんじゃないかな?
お前自身は何も変わっていないだろ。
いや、それ以前に寝間着で寝起き、寝ぐせも軽く直しただけで何言ってんだ。
そんな冷静な声が心の奥から聞こえてくるが、それでもそう思わずにはいられなかった。それだけこの刀という物の美しさと鋭さは、魅力に満ちている。
もっと! という欲が声を張り上げるが……駄目だ。
これ以上はリスクが大きすぎる。こんな子供みたいなところをフィルミナに見られるのは耐えがたい。
そう思って振り返った瞬間、世界が金縛りにあった。
いや、正確に言うと『自分で知覚している世界』のみが金縛りになったわけだ。
理由は簡単、ベッドの上に彼女がいた。
うつ伏せになったまま両手で顎を支えており、その表情は心底楽しそうに笑みの形を作っている。
整った眉と瞳は三日月のように、白い頬を桜色に染め、口元も我慢できないと言わんばかりに緩んでいた。
その満面の笑顔を表すように、足も右左右左……と交互にゆっくりとパタ、パタ、と膝を曲げて伸ばしてを繰り返している。
当然、そんなことをしている以上……フィルミナは起きているわけで……
「何じゃ? もう良いのか? 儂のことなら気にするでない、存分に楽しむがよいぞ」
平然と、天使のような笑顔のまま……鼠を弄ぶ猫を体現したかのようなセリフを繰り出してきた。
「セスよ、出てくるがよい」
目が覚めるような黒髪紅眼の美少女、フィルミナが語り掛ける。いや、説得している。その相手は、シーツの塊だった。
「……ほれ、いい加減これを取らんか」
そう言って華奢な両手でシーツを掴み引っ張るが……それはビクともしなかった。当然と言えば当然、中に入っているのはセスである。
今の彼女とセスが力比べしても、結果は火を見るより明らかだ。
「……しばらく、放っておいてくれ」
「お主、そう言ってすでに1時間は経っておるぞ?」
セスが刀を仕舞い、ベッドでシーツの塊になってから小一時間を超えていた。なお、その際には一言も発さず、表情にも全く変化は現れてなかった。
「……」
沈黙で答えるシーツの塊に対して、フィルミナが静かにふぅ、と一息つく。
「お主、もっと刀のことを知りたくはないか?」
ピクッ、とシーツの塊がわずかに反応を見せた。
「儂はその武器の扱いにも精通しておる」
僅かに、シーツの塊に隙間が出来た。
「お主が望むなら、いつもの修練にそちらを追加してやっても良い」
隙間の闇から、赤い瞳が覗く。
様子を窺っているのだ。
「悪くないであろう? 出て来たら取引成立じゃ」
さらに白い髪が生えそろった頭が、僅かに見えてきた。
もう一息。
だが、ここで彼女は……
「儂の指導を受ければ、先程よりもずっと格好良くなるぞ?」
選択肢を誤った。
バサッ! と出てきてた頭が引っ込み、再びシーツの塊に戻ってしまった。
「ええい! いい加減出てくるのじゃ!」
「放っておいてくれぇ!」
その後、以下の条件でシーツの塊はセスに戻る。
『一刀だけではなく、二刀流の技も教える』
『太刀だけではなく、大太刀や小太刀といった様々な種類の扱いも教える』
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