番外編

紫煙の魔女と鬼

※第四章 自己紹介して復讐を

 以上のエピソード後のお話です。








「うーん、まさか故郷に『これ』が流れてきてるとは……盲点っす」

 ……欲しいっす。


「ジャンナさん? どうしたんですか」

「うおっと、その声は……セスさんっすね!」


 ガラスケースから目を外して振り向くと、予想通りに柔和な顔つきの青年がこっちを見ていたっす。相変わらず真っ白な髪と真紅の瞳が印象的っすね。


「はい、当たりですよ」

 軽く笑って、肩を竦めるセスさん。

 元々柔和な顔がさらに穏やかになるっすね。


「こんなところで何してるっすか?」

「ジャンナさんが見えたから、お礼を言おうと思いまして」


 はて、お礼?

 全然心当たりがないっすね。


 そもそも先日の——師匠の財布にエグイダメージを与えた——親睦会であったのが最初ですし、宿場町でのことでこっちがお礼をするならわかるんすけど……


「フィルミナがレベッカさんを煽った時に助け舟を出してくれて、ありがとうございました」

 ぺこり、と丁寧に礼をするセスさんを見て思いだしたっす。


「ああ、お気になさらず」

 たしか、フィルミナちゃんが『生涯を共にする仲』とか『一緒の部屋に寝泊まりしている』って言ったことっすね。



 ……あれ?

 これフィルミナちゃんの挑発でレベっちが熱くなっただけで、セスさんは何も悪くないんじゃ……てか、挑発に乗ったレベっちが悪いだけじゃ……



「ジャンナさんは、新しい喫煙具を探してたんですか? それともアロマシガーの素を買いに来たんですか?」

「あ、あぁー……両方っすね。って、あれ?」

「どうしました?」

「アロマシガーのこと、言ったっすかね?」


 そう、確か親睦会で『喫煙具集め』と『燻製作り』の趣味はバラされたが、アロマシガーのことは出ていないはずっす。


「ああ、趣味を聞いてそう思ったんです。煙草でも煙でもなくて、ラベンダーのいい匂いがしていましたから」

 うーん、鋭いっす。

「当たりっす。そのラベンダーの香油がなくなっちゃって、新しい香油を探しに来たんす」

「香油?」

 あ、そっからっすか。


「所謂、アロマシガーの素っすね。煙草と違って葉じゃなくて液体を加熱して気化したものを吸うのがアロマシガーっす」

「……へぇ、煙草とは違うんですね。パイプも専用の物が要るんですか?」

「お、興味あるっすか?」



 煙草とはまた違った、花や果実の香りを楽しむアロマシガー。

 その魅力をわかってくれる人が増えるのは、純粋に嬉しいっす!


 結局、あたしが盛り上がっちゃって3時間くらいセスっちを引っ張り回しちゃったっす。

 とりあえず使いやすいパイプと、親しみやすい香油をいくつかセスっちが試しに買ってくれて満足っすね。

 ……気に入ってくれると嬉しいっす。

 というか調子に乗って3時間も付き合わせちゃったっすけど、大丈夫っすかね?






「……ほう、アロマシガーとやらに夢中になって遅れたと?」

「申し訳ありませんでした」

 美少女と青年が対峙していた。


「たしか、お主から言ったはずじゃのう? 『菓子作りをするから味見を頼む』と」

「はい、仰る通りです」

 白い肌に黒い艶やかな髪の少女は腕組をし、その美貌に眉間を寄せている。対する青年は床に正座し、丁寧に手をついて地に頭を下げている。


「で……買い忘れた材料を買ってくると言って、3時間超も儂を待たせた訳か」

「深く反省しております」

 不機嫌を一切隠さない。それでも可憐さと妖艶さが霞まない少女相手に、土下座を貫き通す青年。

 力関係はこれ以上ないほどにしっかりと見て取れた。


 ふう、と少女が息を抜くと同時に肩からも力を抜いた。

「……もうよい、どうせお主のことじゃ。あのジャンナという者にでも引っ張り回されて、上手く断れなかったのじゃろう?」

「え、なんで……」


「たわけ。あの者が纏う香とアロマシガー……何より、お主がこんな馬鹿な約束の破り方をするなど、その位しか思いつかんわ」

「フィルミナ……」


「よいか? 失った時間は戻っては来ぬ。済まぬと思うなら、作る菓子で挽回するのじゃ」


「……! ああ、任せてくれ!」



 その後、セスは林檎のケーキこと『シャルロートカ』で見事名誉を取り戻すのだった。

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