少年は新たな願いを刻み、

 駐在所に移動し、まずは事件の顛末を説明した。

 こちらは特段問題なく終わった。


 フィルミナとロレンタさん、そしてミミちゃんとお母さんが湖畔の広場にいたことを話す。次に自分が『はぐれ龍』を討伐した詳細を話す。

 もちろん『操血術』で精製した武器に関しては、『恩恵』ということにしておいた。


 討伐に関して、他の四人と確認してもらったが問題なし。



「本当にありがとうございました」

「セスおにーちゃん、ありがとー。またね!」

 事件の確認が終わり、先にミミちゃん達には帰ってもらった。


 その後フィルミナが、こちらの境遇の説明に入ったのだが……




 よくもまあ、そんな良く出来た作り話を展開できるな……というのが感想である。




 ここまでの作り話を確認しよう。

 フィルミナはろくでなしの貴族が愛人との間につくった子。

 俺は拾われた『はぐれ勇者』で、表に出せないフィルミナのお目付け役。

 やや西寄りの北部、そこで暮らしていた。


 これだけだとボロが出そうだが、しっかりと地名や貴族の家名を出している。そしてその度、警備軍の隊長が納得しているのだ。


 恐らく、出来うる限りの新聞を集めて読破したのはこのためもあったのだろう。




「……そこで、どうにか儂はセスに逃がしてもらったわけじゃ。『血の落日』のせい、というよりも、それを利用してどうにか逃げ出せた。そういった方が正しいのじゃ」



 あらすじとしては……

 愛人との子のため扱いは良くなかったが、フィルミナはお目付け役の俺と一緒に暮らしていた。だがついにろくでなしの貴族が、フィルミナを売り飛ばすよう俺に命じたのだ。

 拾われた恩義とフィルミナとの間で迷ったが、俺はフィルミナを連れて逃げる選択肢を取る。ところが、それが貴族にバレて二人共々捕まりそうになる。

 だが偶然にも『血の落日』で魔物が襲撃してきたことで、その隙をついて逃げ出すことに成功した。

 行く当てもなく魔物から逃げ回り、辿り着いたのがここ『湖畔の町アモル』だった。



 ……こんなところか。



 ところどころに真実というか、嘘がないところがまた嫌らしい。

 やや西寄りの『北部』とか、俺が恩恵を持っている『はぐれ勇者』だというところとか。



「疑うならいくらでも調べてくれて構わぬ。もちろん、そいつの領地に案内しても良い」

 おいおい、それは……


「……いや、行っても意味がない。もうあそこは魔物に荒らしつくされている」

「そうか……あのろくでなしじゃ。もとより滅ぶ運命であったろう」

 多分そこまで調べていたんだろうな。



 『はぐれ勇者』にしてもそうだ。

 神殿に属しない勇者全員を指す言葉である。

 基本恩恵を授かった時点で王都の教育を受けるか、先達の勇者に師事するか、だ。そのどちらも選ばず、自分自身の力で暮らす勇者……まさに今の自分そのものと言えるだろう。

 しっかりと俺のことも考えていてくれたので、不謹慎ながら嬉しくなってしまう。



「儂らとしては、あやつの家名やらも重荷でしかなくなったか。これからは……また、新たな家名を名乗ることになるであろう」

「ああ、その方がいいだろう」



 しかし凄まじい説得力がある。

 設定やらの練り上げもそうだが、何より彼女の語りがすごい。嘘など微塵も感じさせない。

 ロレンタさんなど、すでにハンカチで涙を拭い始めている。



「……こんなところじゃ。ここについてからは、知っての通りロレンタ殿にお世話になっておる」

「そうだったか。……掘り返したりして、済まなかった」

 すみません、大部分が嘘です。



「構わぬ。警備軍の力になれたなら嬉しく思う」

 逆に俺はちょっと心が痛いよ。

 隊長さんも流石にバツが悪そうだし、隣ではロレンタさんが鼻を啜って泣いちゃってるぞ。



「ご協力、本当に感謝する。帰ってゆっくり休んでくれ」

「承知した。儂らはお暇しようかのう」

「あ、ああ……」

 本当に切り抜けちゃったよ。

 傍から見ていたから納得できるが……まだイマイチ実感がわかない。本当に警備軍の取調べを嘘でパスしちゃったよ。


「……これでこの後も動きやすかろう?」

 フィルミナが俺にだけ聞こえる声でそう言った。

 そうなんだけど……なんか、こう、釈然としない気がする。






「お前、セス君、お嬢ちゃん、無事なんだな?」

「おお、終わったか!」

 駐在所を囲むようにグレンさん、親方、古参や事務員のみんなが待っていてくれたようだ。



「……ええ、ぐずっ、怪我は一つも……ずずっ、ないわ。あなた……」

 まだ涙が止まらないロレンタさんが、泣きながらグレンさんに答えた。


「怖かったんだな……もう大丈夫だ」

 すみません、違うんです。


 心の中で精一杯の謝罪をしていると、大きな手で頭を鷲掴みにされた。

「馬鹿野郎! セスおめぇ、いきなり飛び出しやがって……心配させてんじゃねえ!」

 親方がそのまま俺の頭をぐりぐり撫でまわす。



「あはは……すみません。居ても立ってもいられなくなって……」

「だからってなあ……」

「まあまあ親方。言いたいことはわかりますけど、セスも疲れてます。今日はもういいでしょう?」

 古株の言葉にまだ何か言いたげな親方だが……


「経緯はどうあれ、『はぐれ龍』が現れたんです。軍の調査が終わるまでは休業でしょう。その間にいくらでも説教できます」

 この事務員、さらっと恐ろしいことを言ってくれた。



「……ああ、いや、やったことは立派だ。ウダウダ説教するつもりはねえ。けどよ、お前自身も大切にしろ。忘れるな?」

 そう言って背を向け、「今日はゆっくり休め」とだけ言って帰って行った。

 古株と事務員が顔を見合わせて苦笑した後、一礼して帰っていく。



「さあ、ワシらも帰ろう」

 ロレンタさんの肩を抱いたグレンさんが言う。

 誰ともなく、家路へ足を向けていった。











「……フィルミナ、この後ちょっと散歩に行かないか?」

 フィルミナが真紅の双眸で見つめ返してくる。

 夕食を取り、風呂で一日の汗を流し、あとは寝るだけ……毎日行われていた『吸血』も、「今日くらいは良い、休むがいい」と免除されていたのだ。


「散歩……とはのう」

「ああ、ちょっと……話したいこともあるんだ」

 どうしても、話したいことがあった。


「よかろう、して? いつ頃にするのじゃ?」

「うん、夜が更けてからがいいな」

 出来るだけ、誰にも聞かれたくない。草木も眠る様な時刻がいい。











 誰にも知られないように、誰にも見つからないように、静かに家を出て湖畔に向かう。

 鋭い三日月に照らされた静かな湖面、そこを通した桟橋を二人で歩く。

 周囲には空と湖面と何も載っていない桟橋しかない。後は前にいる華奢で小柄な背中……フィルミナしかいない。



「……いい街だよね、ここ」

「うむ……」

「フィルミナも、そう思った?」

「思っておる」

「そっか……」


 一旦、会話が途切れる。

 だが足は止まらない。ゆっくりと一歩ずつ、確実に、桟橋を二人で歩いていく。



「フィルミナもさ、この時代のこと……分かってきたんじゃないかな?」

「そう、じゃな」

 封印から解かれ、この時代のことがわからない。だから、俺に一緒にいて欲しいと言ってくれた。


「じゃあ、その後はどうする?」

 彼女の足が止まった。それにならって足を止める。



 そして、振り返ったフィルミナは……やっぱり美しかった。

 静かな水面も、満月よりも淡く照らす三日月も、すべてが彼女の引き立て役になっているかのようだった。

 美少女……そんな言葉が憚られるばかりの神秘的な魅力に満ちている。



「その後……か。お主、何を言いたい?」

 真紅の双眸に射抜かれ、ようやく自分が彼女に見惚れていたことに気が付く。


「ここで、暮らすのもありかなって……もちろん、グレンさん達から自立してさ……」

 再びこちらに背中を見せてしまうフィルミナ。

「……しばしの間ならば、可能であろう」


 三日月を見上げながら、「しかし……」と続ける。

「ずっとは無理じゃ。いつかは旅立たねばならん。『鬼』と『人』の時間の流れは違う」

 予想というか、そうだろうと確信していた。『鬼』を知らなくても、フィルミナを見ているとなんとなくわかる。


「どのくらい違う?」

「そうさな……今日知り合ったミミという子供、あれが老いて永久に眠る頃でも、儂らの見た目は何の変りもないじゃろう」

「……そうか、じゃあ無理だな」



 また沈黙が支配する。



「旅立ったとして、フィルミナは何か目的がある?」

 怖かった、この質問をするのが。



 この時代のことを学んでいった彼女、その後に目的があって……それに俺は要らなかったら? 

 いや、まだ彼女を守るという理由はある。だが……封印の副作用がすでになくなっていたら……もう俺はいらないかもしれない。


 独りぼっちになってしまうかもしれない。






「……『血の落日』、あれが気になるのじゃ」

 静かにフィルミナが語り出した。


「あれで魔物や龍が凶暴化したという。奇しくも、儂が復活した日とほとんど同じじゃ。偶然か……必然か……それを調べるのも良かろう」

「危険そうだし、俺がいた方がいいかな?」

 フィルミナに、その背中に問いかける。


「……たわけ、当たり前じゃ。今儂は、見た目通りの力しかないと言っておろう」

 表には出さないよう、それでも精一杯の安堵を噛みしめる。

 背中を向けたまま「そもそも、お主は儂の眷属じゃ。勝手は許さん」と続けた。じゃあ、俺が伝えたいことを言える、俺が考えた目的を伝えよう。



「それなら、一緒に俺がしたいことも聞いてくれるか?」



 その言葉を引き金に、フィルミナが弾かれたように振り返った。

 宝石さえ霞む紅い瞳、そこには――俺ですらわかる程の――不安が浮かんでいる。


 ……やめてくれ、そんな眼でみないでくれ。


「俺も、考えたんだ。ここで暮らして、フィルミナと過ごして、そして……叶えたい願いが出来た」

 彼女の瞳が見開かれていく。それと比例して、不安の色が濃くなっていった。

 大丈夫、必ず成し遂げるから。



 意を決し、『それ』を伝えた。






「俺、フィルミナの封印を完全に解きたい」






 口にするのも恥ずかしいような、大きな願い。

「分かってる、どれだけ無謀で身の程知らずなことを言っているのか……」


 数百年、あるいは千年以上、それほど長く続いた封印。どれだけ鈍くて疎い人でもそれの凄まじさはわかるだろう。

「それでも、やっぱり俺は解きたい。フィルミナに本当に自由になってほしい」


 そもそもが、俺なんかとは関係なく時間で解かれた。それですらこうして副作用を残している。一度元の姿に戻るだけでも、多大な消耗をするほどの副作用……いや、もはや『呪い』だ。



「旅に出るなら、俺はそれをしたい。その方法を探したいんだ」



 呆れられるだろうか?

 怒られるだろうか?

 それとも……「たわけ」と一笑にされるだろうか?


 だが、そのどれとも違った。



「フィルミナ……?」



 彼女の瞳から、透明な雫がこぼれた。

 視線を向けることすら罪だと思うくらい、綺麗だった。

 見開かれた眼、そこから確かに一滴の涙が落ちた。



「あ……ごめん! その、何も知らずに……えっと、だから……」

 どうしたらいい? なんで泣かれてしまったんだ?

 思考も何もまとまらない。


 はっ、とフィルミナの表情が動いたかと思うと、またあっちを向いてしまった。



「やっぱり、無責任だったな。けど方法が見つからなくても、それを……編み出すのも出来るかなって思うんだ。『鬼』の寿命は長いんだろ? なら……」


「セスよ」


 背を向けたまま、フィルミナが俺の名前を呼んだ。


「こっちに、来てくれんか?」


 その言葉の通り、彼女に歩み寄る。

 あと一歩、もないところまで近くに来ると……


 本当に軽い、フワリとした感触が抱き着いてきた。

 彼女は見た目通りに、華奢で小柄だった。

 思いきり抱き締めたら軽く折れそうなほどに、背伸びをしてようやく俺の胸に届こうかというくらいに。


 頭を撫でる。

 艶やかで、いつまでも撫でていたくなる黒髪に触れる。



「セス……暫しの間でよい。このままでいてくれ」

 返事の代わりに、ほんの少しだけ強くフィルミナを抱き寄せた。


 そして、気付く。


 俺は独りぼっちになるのが怖かった。だけど彼女は……フィルミナはもっと怖かったんだ。


 もう鬼は……純粋な鬼は、彼女以外にいないかもしれないから。

 ずっとずっと怖くて仕方なかったはずだ。



 俺は馬鹿だ。少し考えればわかるはずだった。

 親しくなっても、決して相いれないと理解するしかない人達との生活。

 非力な子供の身体で、身近な人どころか同族すらいない世界。


 心細くて、恐ろしかったに決まっている。



 それなら、せめて自分は……自分だけでも彼女と共に居よう。

 自分の腕の中にある、小さな姿をした女の子に誓う。


 セス・バールゼブルは……この鬼の姫、フィルミナ・リュンヌ・ヴィ・テネブラリスを守り抜こう。

 そして、必ず封印……いや、『呪い』を解こう。


 なにより、決して孤独にしない。


 自分のちっぽけな魂に刻み付ける。

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