4-10 智奈の願い
あたしの、願い?
ロクリュは、智奈と霈念から離れると、湖の上をくるくると踊るように回る。
「わあは、調停者の近くに現れるお助けナビみたいなものだ。よくゲームとかであるだろう? 最初からそばで教えてくれる妖精。わあは神だけどなっ」
あはは、と笑う小さな口。
揺れる、オレンジのツインテール。
ふわふわと雲のように跳ねるスカート。
みんなボロボロで、血だらけで、満身創痍の中、湖上の少女のダンスを、唖然と見つめる。
「わあは、能利も好きだぞ。いっぱいわあのお世話をしてくれた」
小さな神が、まるで音楽が鳴っているかのように足を運び、観客を置いてけぼりに踊る。
美しく可愛らしかったが、不気味ささえ感じた。
「ラオも好きだ。いっぱいわあを助けてくれたし、たくさんお喋りもした」
たたん、とまるでタップダンスの最後のポーズでもとるように、ロクリュは片足を後ろに曲げ、スカートを広げて姫のようにお辞儀をする。
学芸会でも見せられていれば、どんなに可愛らしく、拍手を送りたかったか。
「能利の混血になりたいという願いも、ラオの父ちゃんを助けたいという願いも、叶えてやりたいのだ。わあは、思いを司る神だからな」
でも、とロクリュは、いつの間にか視界から消える。辺りを見回すと、智奈の後ろにしゃがみこんでいて、顎を両手に乗せて、にこりと微笑んだ。
「今あきのちなが願うことが、わあは一番好きだ」
智奈には、ロクリュの言っている意味がわからなかった。
今あたしが願うことって?
今考えていることなんて、まとまってない。
「叶える願いは、百年に一度だけ。それが、四神を守る一族らと
最初は、第一の世界に戻りたい。そんな気持ちで智奈はこの旅についてきた。
そう、智奈は、第一の世界で育ったのだ。
しかし、育ての両親も、今やガンの街で暮らしている。
この旅が終わったら、報告も兼ねてまた会いに行こうと思っていたのに。
第一の世界に戻って、壮介や真人たちと学校生活を送ることが、普通に戻った証だと思っていた。
けれど、そこに、もう霧亜はいない。
ロクリュは、にいっと口角をあげた。まるで化け猫のように、黄金の瞳が、獣のように見える。
「いいぞ、いいぞ。ほらほら、言ってみよ」
あたしの願いは——。
「なんでも、叶えてくれるんですか」
ロクリュは立ち上がり、智奈の手を両手で握る。小さく暖かい手が、智奈の手を包み込んだ。
「わあは、叶えたいと思う願いしか叶えんよ。それがなんであれ、わあが好きな願いならなんでも、叶えよう」
「あたしの願いは、ロクリュの好きな願いなの?」
ロクリュは、可笑しそうにくすくすと笑う。
「言ったじゃないか。今、あきのちなが考えている願いが、わあは一番好きだと」
あたしの願い。
「霧亜を、生き返らせて」
智奈の言葉を聞いたロクリュは、再び化け猫のようなにんまりとした笑みを浮かべる。
「言ったな? 二言はないぞ」
智奈はうなずいた。
霈念が、どんな顔をしているかも知らずに。
命をこんなにも簡単に操作していいものなのか。不安だった。だが、智奈にとって霧亜は、かけがえのない家族だったのだ。
今更、本当のお兄ちゃんなのか、なんて疑うことはない。
育ての両親がいなくなってから、孤独という重荷を一瞬で取り払ってくれた、なくしてくれたのも霧亜だ。
笑っていつも助けてくれた。そんな霧亜に、智奈はなにもできなかった。だから——。
「聞き入れよう」
と、ロクリュが頷くと、パッと顔をあげた。
それに呼応し、四神たちが一斉に空へと声を上げる。
智奈が呼び出した雷雲が、まだ停滞していて、昼のはずなのに辺りは薄暗い。
咆哮を轟かせる四神たちの口から、光るものが飛び出し、ロクリュへと集まる。
ロクリュが水をすくうように両手を重ね合わせると、その手の上に、青、赤、白、黒の色がマーブル模様のように
「人を生き返らせるには、人の体と、魂をつなぎ合わせるものが必要だ。一人、命の代償が必要になる」
ロクリュが言った。
「そんなっ」
智奈は抗議しようと前のめりに霈念の背から飛び出す。が、ロクリュに手を伸ばして制止させられる。
「人が一人死ぬという現実は変えられんよ」
嵌められた。
目の前の少女は涼やかな顔をしているが、むずむずと零れる口元の笑みが堪えられていない。
この展開に、ロクリュは持っていきたかったのだ。
「最初に言ってよ!」
「説明しろなんて言われておらんよ」
智奈の抗議にロクリュは肩を竦める。
決して、ロクリュは味方ではなかったのだ。神なのだ。人と同じ次元でものを考えていない。
「なら、私がその役の適任者だ」
智奈の頭の上から、霈念の言葉が降ってくる。顔を上げて霈念を見る。
どこか懐かしいと感じる、霈念の優しい声。そして智奈が魔力を暴走させていた時にも感じた、安心する、笑顔。
「息子の命の繋ぎとなろう」
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