結論から言うと、最近幼馴染みがデレるとめちゃくちゃ可愛いです

スーさん

第1話 姫神眞銀という女

 皆には『幼馴染み』という存在がいるだろうか。

 幼少期から付き合いがあり、いまでもそれが続いている。

 そんな存在の奴だ。

 因みに俺には、異性の幼馴染みが一人だけいる。


『異性と幼馴染み』と聞くと、許婚を想像したりする者が多いと思う。

 かく言う俺もその一人だ。

 しかしそれは飽くまで昔の話、高校生になってそんな話をまだ引っ張っている奴など普通はいない。


『ねえ姫神さん、何を読んでるの?』


 時刻は十二時過ぎ、昼休みに入った俺は、購買で購入した焼きそばパンを齧っていた。

 すると、ふとそんな会話が耳に入る。

 声の先に視線を向けると、そこには一人の女子生徒に二人の女子生徒が群がっていた。


 声を掛けた女子生徒の顔を見るに、あれは嫌がらせではなく単純に興味本位で聞いている事が分かる。

 もう一人の女子生徒も同じ顔をしており、遠くから見てもいじめなどには全く見えない。

 しかしそんな中、声を掛けられた少女は視線を泳がせ小さく慌てていた。


「何やってんだか……」


 ため息混じりに遠くからやり取りを見ていると、慌てふためく少女と目が合ってしまった。

 直ぐに視線を逸らそうとするが、キッと睨みつけるその瞳に捕まってしまう。


 その視線が俺に訴えかけてくる。

 早く助けろと――。


「……はぁ」


 残っていた焼きそばパンを一気に頬張り、俺はその少女の元に向う。


「あーその、割り込んでごめん。その本俺が姫神に貸したやつなんだ」

「あ、天道君! てことはラノベ?」

「まあな」


 女子二人と少女の間に割って入り、二人の視線を一身に受ける。

 すると質問していた片割れの少女は、ラノベと聞いて目を輝かせた。


「ねぇねぇそれって何モノ? 異世界? ラブコメ? キャー! 何、何、何!?」

「ちょ……」

「あはは、天道君引いてるから〜」


 物凄い勢いで話し出す女子生徒を、相方の女子はげらげら笑う。

 全く、変なやつに絡まれるなっての。


「まあ姫神の事は俺に聞いてくれ、こいつあがり症だから」

「えー、この反応が可愛いから聞いたんだけどな〜」

「姫神が可愛い? 何言ってんだよ……そいつ二人の時は――イデデデ!?」

「「?」」


 突如現れた背中の激痛に、俺は叫び声を上げてしまう。

 何事かと思う目の前の二人に『何でもない』と平静を装うと、午後の授業の鐘が校内に鳴り響いた。


「あー、次の授業の準備しなきゃ、またね姫神さん!」

「あはは、またねー」

「……」


 尋ねてきた女子二人は、最後に少女に手を振り離れて行く。

 それを見送った後、俺も離れようとすると背後から学ランの袖を引く者がいた。


 振り向くと俺を見つめる少女の顔が映る。

 しかしその表情には怒りが滲み出ていた。


 嫌な予感がする。

 そう思っていると、どうやらその予想は的中してしまった。


「……放課後、私の部屋来なさい」


 椅子に腰掛けていた少女は、俺の耳元まで立ち上がり、小声で俺にそう告げるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、今日の学業も無事終了した俺は、重い足取りで帰路に就く。


「あー行きたくねぇ……」


 行けば何が起きるか容易に想像できる。

 今日はもう自宅に引き篭もっていよう。

 そうしよう。


「っと、着いた着いた」


 気付けば自宅に着いた俺は、ポケットから鍵を取り出し玄関の扉を開いた。

 部屋に着いたら、最近ハマってるゲームでもしようと決めていると、玄関にが綺麗に置かれていた。

 それを見た途端、全身の血の気が一気に引いてゆく。


「まさか……!」


 ローファーを乱暴に脱いで、二階への階段を音を立てて駆け上がる。

 廊下の一番奥、俺の名前『かける』と書かれたドアプレートの扉を開くと、そこに答えが鎮座していた。


「遅い」


 部屋には紅茶の香りが広がっていた。

 お茶請けとしてクッキーも置かれており、チョイスを見るに母さんの仕業だろう。

 しかしそれよりも、その紅茶を静かに啜る人物に視線を向ける。


「どうしてここに……場所はお前の部屋だろ」

「何年幼馴染みやってると思ってるの、どうせアンタ来ないでしょ」

「いや……マジで行くつもりだったから!」

「だーかーら、何年幼馴染みやってると思ってるの」


 二度も言わせるなという顔で、少女はクッキーを齧る。

 まさか態々こっちに来るとは。

 流石俺の幼馴染みだ。


 彼女の名は姫神眞銀ひめがましろ、うちの隣に住む俺の幼馴染みだ。

 綺麗な銀の長髪を綺麗に整え、紫水晶の様に美しい紫目は、見た者を惹きつけるには十分な力がある。


 そんな魔性にも似た容姿から学校の男子たちには人気があり、こいつを、狙っている男子生徒も多いと聞く。

 しかし皆はこいつの素顔を知らない――。


「それで、何の様だよ」

「決まってるでしょ、よ」

「愚痴会……ね」


 度々開かれる幼馴染みプレゼンツ『愚痴会』は、今日嫌だった出来事を互いに愚痴る……という有難い会らしいが、今の今まで俺のターンなど一度も回ってきていない。


 故にこれはこいつの愚痴をただただ聞かされるだけの会なのだ。

 そんなもの何が悲しくて参加せねばならんのだ。


「どうせ昼間のあいつらだろ、あれくらい対応してやれよ」

「嫌、あんなうるさい人たちなんてあんたで十分」

「慌てといてよく言うわ」

「……うるさい」


 これが姫神眞銀だ。

 人前ではそのあがり症で会話はおろか、目すら合わせるのもままならない。


 けれどそれは人前の話。

 俺の前だけはこうやって素の姫神眞銀を見せるのだ。


「いいから今日は帰ってくれ、今日はやる事がある」

「どうせゲームでしょ、そんなもん後にしなさい」

「じゃあ言ってやる! お前の愚痴はもう聞き飽きた!」

「何ですって! ゲームよりはマシでしょ!」


 ああ言えばこう言う、ホントこいつは面倒だな。

 するとそんな俺たちの間を割る様に俺のスマホに一通の通知音が流れた。


『純:翔暇? ゲームやんね?』


「ほら見ろ! 俺のアフタースクールは友人と楽しくゲームなんだよ!」

「うっ……」

「まあ? 友人の一人や二人いない眞銀ちゃんには分からない話だろうけどー?」

「……」


 先程までの威勢の良さは何処へやら、今はすっかり静かになってしまった。

 もうこのまま帰ってもらい、俺は純とゲームでも……。


「……てよ」

「はい?」

「……してよ」

「何だって?」


 顔を下ろした眞銀は小さな声で何かを呟く。

 全く聞き取れず、もう一度聞き返す俺に眞銀は顔を上げて弱々しい声音で応えた。


「私を……優先してよ」


 スカートを強く握り、綺麗なアメジスト色の瞳を濡らす眞銀は、上目遣いでそう告げる。

 その姿に俺の心臓は大きく跳ねた。

 全く、本当に勝手なやつだ。


 言っていることはただの我儘だ。

 散々勝手なことを言って、俺が他の奴に誘われたら行くなとか。

 何様だっての。


「はぁ……」

「……?」


 不安気な表情で見つめる眞銀を横目に、俺はスマホを手に持ちメールの返信をする。

 その後スマホをベッドに投げたら、部屋の扉を開けて大声で下の階の母親に話しかけた。


「母さーん、クッキー無くなったから他の持ってきてー」

「!」


 あーあ、本当だったら今頃バトロワでビクロイかましてたんだろうな。

 けどあんな目で見られたら……誰だって選ぶだろ普通。


 そしてその後俺は、楽しそうに愚痴る眞銀の顔を見ながら、母さんの持ってきてくれたクッキーを齧るのだった。

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