いのちの電話~電話スキルで過去改編して困難乗り越えます~

ブギー太郎

~第二萌木荘~

第1話 生きるか死ぬか、生きてみるか




「4月でも雪って降るんだな」




 松本直行まつもとなおゆきは心の中で呟いた。




 4月も終わりに近づき世の中はGW直前。



 でもそんなの関係ないとばかりに桜は散り急ぐ。



 もう青い芽のぞき始めた木々の下を歩くと風が吹くたびに舞う桜。



 春とはいえまだ肌寒い。



 おなかのあたりに考える人のシルエットがプリントされた黒いパーカーの袖を両手でぎゅっと握りしめながら、松本は桜を見上げた。




 大学校内の端にある開けた駐輪スペースに着くと、まだ買って間もない自転車マイカーが視界に入る。



「早く車に乗って運転したいな」



 そう思っても免許もない、車もない、お金もない今は夢のまた夢。



 まだ18歳。やっと18歳。



 大人になりかけの青年は、歩道を挟んだ道路を走る車の運転手に自分を重ねて



「ふふふ」



 と不気味に笑った。




 ついでに先日、独り暮らしを始めてすぐの夜、勇気を出してのれんをくぐったアダルトショップを思いだしていた。



「ついにオレも大人の仲間入りか」



 何も買わずに



(おぉーっ!)



 と興奮するだけして店を出たことは自分だけの小さな秘密。



 今頃実家の両親がくしゃみでもしているかもしれない。




 群青色のママチャリのかごに筆記用具が入ったトートバッグを置いてサドルをまたぐと姿勢を正した。



 息を吸い込み腹をへこませ、薄い胸板を膨らませてみる。




 松本はリュックサックが嫌いだ。



 小学生の頃からカバンにもリュックにもとにかく詰め込めるだけ詰め込み、背負うスタイルを貫いた。



 高校の時に鏡を見て猫背がひどいことに気付き以降、リュック派からトート派に乗り換えた。



 それからふと思い出したときに姿勢を正してみているが、それでも猫背は直らない。



 実はリュックが悪いのではなく「力を入れて生きる」のが苦手で常に81%出力に抑えたエコモードな生き方が原因ということに本人は気付いていなかった。




 大学デビューで茶色く染めた短くも長くもない半端な髪をなびかせ、自転車を一回こぐ度に履きなれたジーンズを一回こすりながら国道沿いに坂道を真っ直ぐ走る。



 エコな松本でも今日ばかりは気がせってペダルをこぐ足に力にも自然と力が入った。




 理由は2つある。



 一つは修理に出していたデスクトップ型パソコンが帰ってくるからだ。



 買って間もないというのに電源が入らなくなりインターネットもCDの音源取り込みも出来ずこの数日ストレスがたまっていた。




 もう一つの理由は、デスクトップ画面に保存してしまったインターネットで拾った上半身裸の女性の写真。



 若気の至りを店員さんに見られているであろうという辱しめを、一秒でも早くパソコンを受け取ることで終わらせたいという結構どうでもいい理由であった。




 そうして急ぐ中でも松本は視界に入ったある物が脳裏に焼き付いて離れず、15m程走りすぎてから止まり、拾いに戻った。



「ゴミはゴミ箱に捨てろよ、ちくしょう」



 コーラの缶を拾い中身が入っていないのを確かめると、ふちをつまみながら慎重に自転車をこぎ、通りのコンビニのゴミ箱に捨てた。




 子供の頃からゴミが落ちてると耐えられず、つい拾ってしまうのだ。



 ついたあだ名が『環境省』。



 当然皮肉である。




 育ててくれた母親の性格も影響したのだろう。



 母親は外出するときに



「ガス閉じる!ガス閉じる!ガス閉じる!」



 と三回確認したあげく、出掛けて5分くらいで



「やっぱりガスが心配だから」



 とまた戻って確認するほどのA型人間だ。

 


 その血が見事に遺伝してゴミを拾いたくなるとしか言いようがなかった。




 遺伝といえば太く真っ直ぐ伸びた眉毛もそうだ。



 亡くなった祖父も写真を見ると立派な眉毛をしている。



 長男として生まれた孫に



「真っ直ぐ生きろ!」



 と直行なおゆきと命名したのは祖父だ。



 おかげで曲がったことがしにくくなったのは感謝するところなのかもしれないが。




 かれこれ10分ほどで赤い看板が見えて木枯こがらし町にある一番大きい電気屋『M'sデンキ』に到着した。



 学生街にあることもあり新生活に備えた商品を多数揃えてくれている、全国チェーンの電気屋だ。



 新製品が安いのもありがたい。




 入口脇に自転車を停め、店内に入った松本はカウンターの店員さんを見つけたが声をかけられない。



 よりによって若い、しかもちょっとかわいいショートヘアの女性である。



 どうしようかとまごまごしていると店員さんと目が合う。




「いらっしゃいませ!何かお探しでしょうか?」



 と聞かれ、あきらめて



「パソコンを修理に出していた松本です」



 と応える。




「あぁ!少々お待ちくださいませ!」



 明らかに



「あぁ!あの!」



 という反応に松本は身震いした。



 もう完璧にバレている。恥ずかしい。



 けどこういうプレイもありなのかもしれない!




 頭の中を整理しきれずにいるとさきほどの店員さんが



クスクス



 と笑いながらデスクトップパソコンを抱えてきた。



(終わった。もうしばらくこの店には来れない。。)




 そんな憂鬱を吹き飛ばす明るい声で



「パソコンは壊れていませんでしたよ!


 ボタンが押されたときたまたまへこんだまま戻ってこなかったようです。


 お代はいただきませんので大丈夫です!」



 と笑顔で言われ、地獄から天国。




 松本は脱力し



「ありがとうございました」



 と力なく返事するとフラフラと帰路についた。




 気がつけば自分の下宿の前まで来ていた。



「なにはともあれよかった。。速攻でデスクトップの画面は変更しよう!」



 気を取り直して下宿のドアを開けて二階への螺旋階段をのぼる。




 第二萌木荘だいにもえぎそう。それが松本の住む下宿の名前だ。



 昭和に建てられた木造二階建ての下宿は20部屋を擁し、一階には共用の食堂と風呂。



 トイレは一階にも二階にもあるという、まぁ出来たときには当時の最先端を詰め込んださぞ立派な御殿であっただろうという印象。



 ただ、住んでみるとカルチャーショックの連続だった。




 食堂の戸棚を開けると皿の上に置かれたゴキブリホイホイ(しかも引っ掛かっている)。



 風呂のボイラーは毎回自分で1/4回転レバーを回して種火を着けて、種火が着いたらそこからさらにもう1/4右にレバーを回し込むことでボボボボボとようやく動き始めるという原始的構造。



 二階の和式ポットントイレは排泄物が穴を通って一階まで落下するという仕組み。




 THE昭和な建築物それが第二萌木荘。



 それでも松本は六畳一間、電気ガス水道こみ風呂あり家賃毎月6万円という魅力には勝てなかった。



 なにより料理をしたことがいまだかつて一度もないところへ朝夕食事つきというのが決め手となりここに住みかを決めた。




 松本の部屋は二階の真ん中にある。



 向かいは部屋、ではなく何故かトイレ。



 トイレはドアを閉めても隙間から向こうが見える。



 叩けば揺れるベニヤの壁は防音にはほど遠く、尻をふく音にまで気を使った。




 窓から見えるのは畑をはさんで50mほど離れたところにある第一萌木荘。



 造りは第二とほぼ同じだがさらに古い木造二階建て。



 20年も前は学生たちがそこで住み勉学に励んでいたのだろうか。



 今は誰も住んでいない廃墟はさながら幽霊屋敷のようで近よりがたい。




 わりと立派な造りの木造螺旋階段をのぼりギシギシときしむ廊下を渡る。



 自分の部屋のドアノブを回して開けると、松本は抱えてきたパソコンの箱とトートバッグをそっと床に置いた。



 右手でドアを閉め、パソコンの前にあるチェアに腰をおろしてフーッと一息つく。




 六畳一間には必要最低限の物しかない。



 三月に引っ越してきてまだ一ヶ月と少しなので当然と言えば当然だが、松本にはこだわりがあった。



 デスクトップ型のMEC製パソコンだ。



 パソコン用の机と椅子があり、その隣にはSOMYのCDコンポとCD棚。



 大好きなバンドのCDを買い、パソコンに取り込み、CD-Rにして保存。



 バックアップを取ることで安心して聞き込む。



 特典で付いてきたサイン入り写真などをたまに取り出してニヤニヤと眺めてから大切にファイルにしまう。




 気に入った曲があればインターネットの仲間のサイトで互いに持ちより交換し、ハマればCD屋やライブハウスに行くという良循環。



 この暮らしを目指して遠くはなれた木枯町までやってきたといっても過言ではなかった。




 窓際にはポツンと不自然に白い電話機が置かれている。



 この第二萌木荘にインターネット環境どころか電話線が引かれているわけもなく、一から引いて開局した。



 固定電話の番号はMTTに適当につけてもらったが末尾が4343なので覚えやすい。




 早速、最近手に入れたお気に入りのバンド『ギプシー』の曲を再生すると、松本はその歌詞を口ずさみながら椅子の背もたれに体を預ける。



 斜め上の何もない白い壁をぼんやり見ながら満足気にその世界観に浸っていた。




 ギプシーは黒髪スーツのバンド。ドラムは打ち込みでギターが二人、ベースとボーカルという四人組だ。



 どこか懐かしさのある曲や恋愛を歌った曲もあれば、日々の鬱憤を発散するかのような曲もあった。



 松本にとっては引っ越して間もない孤独を癒してくれる存在だ。



 この木枯町近くを拠点にしている地元の若手有望バンドでもあるギプシー。



 松本は近々ギプシーのライブに行ってみたいと考えていた。




♪嗚呼、僕らは夢を見る~♪




 デスクトップ問題から解放され、授業やチャリンコの疲れが癒されていく。




トゥルルルル!




 その至福のときを唐突にコール音が破った。




トゥルルルル!




「今いいところなのに…」



 しかめっ面で松本がそれでもその感情を声に出さないように声を上づらせながら電話に出る。




「もしもし」



「…もしもし…」




 知り合いだろうか?



 若い男性だが声が小さく、誰なのかわからない。




 頭の中を友人知人がめぐり、逡巡していると相手がボソボソと語り出す。



「…この前一緒に行った萬寿園ばんじゅえん、すごく楽しかったです」



(あぁ、前の日曜日にサークルで萬寿園行ったっけ。)




「オレも楽しかったです。またどこかみんなで行きましょうね」



「…ありがとうございます。…自殺しようと思ってたけど、やめようと思います」



(えぇ!そんなこと考えてた人うちのサークルにいたの!!)




 松本が混乱してる間に



「…じゃあ、また…」



ツー、ツー、ツー、、



 電話は切れてしまった。




「…結局名前聞きそびれちゃったな。まぁ次のサークルのときに聞けばいいか」




 深く考えないようにしてお預けされていた曲をいそいそとまた聞き始めた松本は気づいていなかった。





 まだこの固定電話の番号をサークルの誰にも教えていなかったことに。。














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